藍色の夢(六)

 片方の鏡に映し出されたのは、私と家族の姿。声は聞こえぬが、表情からして他愛もない会話をしているところと見受けられた。己の姿を俯瞰で見るのは初めてで、何とも不思議な心地がした。

 もう片方には、見知らぬ若い女性の姿が映し出された。


「……この、女性は……」


 私は目を閉じたまま、無意識に呟いていた。


「あなたの、前世よ」


 神使の方は、そっと答えをくださった。私の心を傷つけまいとするように。


「……前世……」


 私は、内なる鏡に意識を戻した。

 彼女は、私室らしき床に腰を下ろしていた。桐箱から慎重に取り出したのは、巻子本 (巻物)。

 表には金糸があしらわれ、巻子本に巻かれた平紐にも、国宝級の素材や技術がふんだんに使われていた。

 ……これほどの品、このように若い女性が買えるものなのか?

 私の疑問をよそに、彼女は愛しい我が子を抱くように巻子本を膝の上に乗せた。それから、ゆっくりと平紐をほどいていく。


 他人事でいられたのは、ここまでだった。

 徐々に広げられていく巻子本。

 見えてくる極上の絹織物。

 それから、本紙に書かれた──


 ドクン

 心の臓が、ひとつ大きく鼓動した。

 流麗な筆致に心を奪われた、次の瞬間。

 それを許さぬとばかりに、色彩豊かな彼女の記憶が、奔流のごとく次々と私の内へ押し寄せてきた。


 ──これだけ、ずっと見ていられたら良いのに──

 ──書展の図録、大切にしないと──

 ──原寸大の、レプリカ──


「……っ……!!」


 ……心ごと、押し流されそうだ……!!

 私の内を掻き乱すような衝撃に耐えるべく、私は足に力を入れた。


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