藍色の夢(五)

 ……ゆえにこの方は、私に手を差し伸べてくださると……? すり減った神力をさらにお使いになり、結界を張ってくださってまで……

 私の視線を受け止められた神使の方は、やわらかく微笑まれた。


「目を閉じて、気を楽にして」


 言霊ではない。

 強制力はない。

 だが私は、この方に従った。


「これから見るものを受け入れるのは、あなたの自由よ。ただ、これだけは覚えておいて。それは、本当にあったことなの。まやかしや夢物語じゃないってこと」


 念を押されるほど、にわかには信じがたいことなのやもしれぬ。だが私が抱えるものが何なのか、わかるならば否やはない。


「承知いたしました。よろしくお願いいたします」

「潔いわね」


 神使の方は小さく苦笑なさった。私は目を閉じたままだったが、胸の前に大きな御手がかざされるのを感じた。


「《現世うつしよの鏡に隠れし、幽世かくりよの鏡よ。その姿を現しなさい》」


 言霊とともに、あたたかな神力が私の内に流れてくる。

 目蓋の裏に、ふたつの鏡が現れた。

 ……玻璃ガラスの鏡も、本来ならば〝この世界〟には…… 

 ぴくりと眉が動いてしまったのを、神使の方はお見逃しにならなかった。


「今は、考えないで。答えは、すぐにわかるから」


 なだめるような声が、私の張り詰めた心を撫でていく。


「……はい」


 私は、見えてきたものに集中した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る