些細な、されど大いなる歪み(三)

 誰にも訊ねられぬまま、私は五歳となった。

 端午の節句にて、家族を始めとする一族の方々や家臣たち、身内以外にも大勢の方から祝っていただいた。童ながら、まことの笑顔と、あたたかなお言葉を受けられるのは、果報な身であると感じたものだ。

 着衣は成人へと近づき、小狩衣こがりぎぬへと変わった。


 晴れやかな日に、真新しい装束。

 私は、これよりいっそう気を引き締めねば、と思った。


 それから間もなく、常盤の方、という方が新たな側室として我が家へいらした。十六歳でいらっしゃるそうだ。まだ数回しか言葉を交わしてはおらぬが、三人目の義母上は、たいそう線の細い方のように見受けられた。

 嫡男(正室の長男)として、気にかけてさしあげなければ。


 ……そう、私は嫡男だ。父上の子としては三男とて。

 源氏の次期長としてお立ちになっている、父上の足を引いてはならぬ。

 正室として内助の功を尽くされている、母上の顔に泥を塗ってならぬ。

 私がおかしな言動を致せば、家族が誹りを受けるのだ。


 私は、日々を生きる上で、これらの戒めを胸の内に刻むのが習慣となっていた。


「若様、いかがなさったのですか? 難しいお顔をなさっておいでですわ」

近江おうみ……いや、本日、玄斎げんさいせんせいから教えていただいたことを、思い返していただけだ」


 お付きの者にとて、おかしな様子を見せてはならぬ。

 己の立場に、ふさわしいふるまいをせねばならぬ。


「左様でございましたか。そろそろおやつの時刻でございますが……」

「うむ。広間に参ろうか」

「はい。本日のおやつは、小豆と南瓜の薬膳料理ですわ」

「……左様か」


 ……南瓜……この世界には──


 なぜ、私ばかりが気にかかる?

 〝この世界〟とは何なのだ?


 口からこぼれそうになる言葉を無理やり飲み込み、心の奥へと封じ込めながら月日を経て、私は九歳の誕生日を迎えた。


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