術符に込めた祈り(五)

 私は形代紙に息をふっと吹きかけ、


「……《空蝉うつせみ》」


 語りかけるように言霊を唱えた。形代紙は、ぐにゃりと形を変え、今の私と寸分違わぬ姿となった。

 熱田のお祖父様が教えてくださった〝空蝉〟は、抜け殻または虚像を意味する。〝写し身〟が語源らしく、己の意思を持たぬ分身、という説明を受けた。


「私が戻るまで、その文机についていてくれ。私以外の者に話しかけられても、応じなくてよい」

「かしこまりました」


 己と寸分違わぬ人形に遜られるのは、妙な心地がするな。……まぁ、よい。無為な刻を過ごしている暇はない。

 私は文箱から新たな術符を二枚取り出し、素早く術式を書き込んだ。誤りがないかを確認すると、一枚は折りたたみ、小狩衣の胸元へ差し込んだ。

 手に持ったもう一枚で……これからのことを思うと、唇が無意識にわななく。叱咤するように一度強く噛み締め、静かに開いた。

 

「……《転移》」


 言霊を唱えてまもなく、私の姿は室から消えた。


 わずかの間、妙な浮遊感の後に、目の前の景色は一変した。


「……鬼武者……!?」


 源のお祖父様が、驚愕の表情をしていらした。


「お祖父様。突然のご無礼、お許しくださいませ」


 私はお祖父様の前に平伏し、何か言われる前に先手を取った。


「邸で耳にしました。お祖父様が崇徳方のお味方をなさると」

「……そなたも、止めに参ったのか?」


 お祖父様の問いかけに、私は頭を上げた。目を見て、心を伝えたかった。


「私の言葉で止められるのならば、幾日かかろうとも言葉を尽くしましょうぞ」

「ははは。一人前な口を利きおって」


 その笑い声は、いつもと変わりなく。豪胆でやさしい、源のお祖父様のままだった。


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