術符に込めた祈り(二)
時折霞む視界が、術繰りの手を阻む。
……あと、少し……!
気合いを入れ直そうとした瞬間──視界がぶれた。
「……っ……」
線の途切れは、集中力の途切れ。
遮断していた周囲の音が、耳に入ってきた。
──殿が、お帰りになりました──
遠くからの声に、私は室を飛び出した。
父上は、主殿に上がっていらしても厳しい表情のまま。
「父上……っ!」
私は駆け寄り、
「お祖父様は……っ!?」
状況を訊ねた。父上は深く眉を寄せられ……静かに、首を横に振られた。父上のご説得は、叶わなかったのだ。
「すまぬ」
鎮痛の面持ちで短く謝罪なさった父上。
「いいえっ。いいえ……っ!」
父上のせいではない。お祖父様のご意思が、それほど固かったということだ。
「……戦は……」
まことに本日と相成るのか怖くて訊けずに、途中で唇を噛み締めてしまった。父上は沈んだ眼差しで、
「……おそらく、明日の夜半頃となるだろう」
と仰った。
「明日……」
夜半ということは……やはり〝七月十一日〟の『保元の乱』は避けられぬのか?
源のお祖父様が落命なさることなど考えたくもない。一刻も早く身代わり札を書き直さねば。いや、その前に……
「父上」
「何ぞ」
私の改まった声に、父上も表情を改めてくださった。
「お祖父様の身を守ってくださるよう、術符を作りました。お届けすることは、可能でしょうか?」
お祖父様が崇徳方へついたままということは、便宜上でも敵となってしまう。心を決められたお祖父様が〝敵〟からの贈り物を受け取ってくださるのか……
父上は、私をいたわるような表情をなさった。だが、
「そなたの思いは伝わるだろうが……」
言葉を濁された。
術符で身を守るのを、単なる護身と捉えるか、卑怯な手段と捉えるか。父上のご様子では、お祖父様にとって後者となってしまうのだろう。いくら不利な状況とて、やはり正々堂々と戦うことこそが、お祖父様にとっての〝誉れ〟なのだ。
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