術符に込めた祈り(一)
小助の気配が遠のいたことを確認すると、まずは室内に結界を張った。……これで誰も気づかぬ。ここ連日、皆の〝気〟が張り詰めている。余計な心労をかけることもなかろう。
文箱の隠し細工を開き、中から術符を取り出した。そこで、はたと気づく。墨と筆がないことに。
有能な近江のおかげで、私の身の回りはいつも整えられている。墨は私好みの濃さに磨られ、硯も筆も、私が使用した後は丁寧に拭われ片づけられる。
筆は熱田のお祖父様がくださったものゆえ、霊力を組み込むのに最適だ。できれば使いたかったのだが……さて困った。
しばし思案の末、霊力を術式へ変換させることにした。指先へ霊力を集中させ、術符から少し離して穂先を扱うようにすべらせる。……なかなかうまくいかぬな。
均一な線は難なく書けるのだが、筆のような強弱が難しい。術符を一枚犠牲にして、しばし強弱の練習をした。
そうこうしているうちに、空が白み始めた。時刻は、まもなく寅三刻(午前四時)。あと二刻(一時間)もすれば、近江が起こしに来る。その前に終わらせねば。
焦りを抑え、新たな術符へ術式を書いていく。敵の攻撃を弾くよう祈りながら。
「……ふぅ……」
慣れぬことをしているせいか、体力気力ともに消耗が激しい。指先、線の強弱、術符へ記す術式。これらへ同時に、均等に霊力を配るのは思ったより難儀だった。
熱田のお祖父様の筆があれば、穂先への集中ひとつで事足りたのだが……無いものは致し方ない。
万が一のために、お祖父様の身代わりになる術符も書かねば。私は、わずかに霞んできた視界を振り払うように、深く息を吐いた。
空が次第に明るくなっていく。
……今からでも近江に墨と筆を頼むか? いや、墨磨りは少なくとも一刻かかる。このような時刻に頼めば、何事かと案ずるやもしれぬ。
ならば、なおのこと急がねばと逸る鼓動を呼吸で押さえつけ、震えそうになる指先を心の内で叱咤した。
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