※ 蜘蛛の毒(一)

 小助の話によると、くだんの噂が出て間もなく、御上の勅命が出された。信頼様が所用により都を出られた直後のことだった。隙を狙ったとしか思えぬ遣り口からしても、信西殿が裏で糸を引いていたことは明らかだ。


「大々的に発表された『京の武士の動きを停めよ』という言葉は、崇徳方のすべを奪ったのです」


 簡素だが重い言葉。双方に向けているようで、不利な状況に追い込まれたのは崇徳方のみだった。

 源氏と平氏の主な方々が後白河方についていることを考えると、大内裏の外にいる者たちが合流できぬのは、崇徳方にとって大きな痛手となった。


 七月八日。

 さらに追い打ちをかけるように、


「崇徳方が管理する諸国へ向けて、『荘園から兵を集めることを差し止める』という綸旨りんじが申し渡されました」


 綸旨とは、御上の蔵人くろうど(秘書)が御上の意を受けて発給する命令文書のこと。


「勅命ではなく、輪旨なのだな」

「はい。万が一どなたかから追及された場合、信西殿が言い逃れるためと思われます」

「……あぁ。父上から伺った気性からすると、『蔵人が勝手にしたことで、御上には何の関係もない』などと言いそうな御仁ごじんだな」

「まさに、そのとおりの人物でございます」


 輪旨であろうと、命令は命令。

 兵を率いて京に入ろうとした者が次々と捕らえられ、崇徳方は外からの援軍にも頼ることができなくなった。これが誘因となり、頼長卿に『謀反の意あり』との嫌疑がかかった。


「それと同時に〝噂〟の真相を確かめるべく、家宅捜索が行われました」

「同時? そのようなことがあるのか?」

「普通はあり得ません。審議などを通して、正式な通達をしてからが通例ですから」

「此度が異例なのだな?」

「はい。理由はまだ判明しませんが、とにかく急いで事を進めたかったのでしょう」


 邸に押し入る形で乗り込んだのは、蔵人・高階俊成殿とその兵たち。

 密書など隠していないかを徹底的に調べるとして、頼長卿の邸は押収された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る