懸念が形を成す(二)


 七月九日、未明。小助が慌てた様子で駆け込んで参るのが、遠くに聞こえた。


「若様……! お休みのところ申し訳ございません……!」


 御帳台の前で、小声で叫んでいる。


「……何ぞ……?」


 半覚醒のせいか、素早い返答にならなかった。


「大殿が……!」


 その言葉に私の眠気は吹き飛び、御帳台を飛び出した。


「お祖父様が、いかがしたのだ!?」

「大殿が、崇徳方へ……!」

「何と! 何故そのようなことになるのだ!?」

「それが……話せば長く……」

「よい! 順を追って話せ!」


 私は寝衣のまま仁王立ちをしていたことに気づき、その場に腰を降ろした。逸る鼓動を鎮めるように、深く息を吐く。


「すまぬ、小助。そなたに怒りを覚えた訳ではないのだ。どうやら気が動転しているらしい」

「無理もないことでございます。どうぞお気になさいませんよう」


 伏せた小助の目も、若干泳いでいた。だが焦燥感に囚われながらも、努めて冷静になろうとしているのが見受けられた。

 住まう邸はそれぞれでも、家臣から下働きまで皆がお祖父様を慕っている。源氏の長としては元より、お人柄が皆を惹きつけるのだ。

 小助も例外ではないのだろう。膝に置いた手が、わずかに震えていた。


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