迎える命(三)

 祓串はらえぐしが振られ、祝詞が始まった。


「──《高天原に神留ります 神魯岐かむろぎ 神魯美かむろみみことちて》──」


 お祖父様が上げられる祝詞は実に清廉だ。静謐せいひつな響きを持った音が、室内へと広がっていく。

 昔、祝詞を教えてくださった折、このように仰っていた。


『──祝詞は、神々へ祈りを捧げるための、ひとつの方法だ。ことばひとつひとつの音に、神聖なたまが込められておる。その魂を穢す者に、祝詞を上げる資格はない。己の身をきよめ、己の魂を浄めよ。さすれば、祝詞いのりは高天原まで届くであろうぞ──』


 そのご指南どおり、お祖父様ご自身も、


「──《皇御祖神すめみおやかむ 伊邪那岐命いざなぎのみこと 筑紫の日向ひむかの橘の小門おどの阿波岐原に 禊祓い給う時にれませる祓戸の大神たち》──」


 小さな命と義母上を守るため、霊魂の限りを尽くし、神々に呼びかけていらっしゃる。


「──《諸々の禍事まがこと・罪・穢れを祓い給ひ清め給えとまおす事の由を 天津神あまつかみ国津神くにつかみ八百万やおよろずの神等共に聞しめせと》──」


 そのお力をお貸しいただくことを、この言霊をもって──


「──《かしこみ恐みを白す》──」


 伏して、願い奉る──


 ともかく、無事に生まれて欲しい。

 新たに迎える命のために、ご自身の命の灯を燃やされる、お祖父様のためにも。

 不安げにお祖父様を見つめられる、神使の方のためにも。

 義母上は元より、皆が心穏やかになれるように。


 お祖父様とともに、私も心からの祝詞いのりを捧げよう。つたない霊力ではあるが、少しでも助けになることを願いつつ。


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