厨の者たち(一)

 近江に桜草の花束を預け、私はくりやへと向かった。

 南庭から厨までは、私の足だと結構な距離がある。温石おんじゃく(湯たんぽ)を受け取りに参るには、ちょうどよい頃合いやもしれぬ。


 厨の入り口から中を見ると、おやつと夕飯の仕込みを同時に回しており、活気に満ちていた。


「おい。また手が止まってるぞ」

「あっ、すいません。甘い匂いが、こう……」

「匂いは、いくら嗅いでもいいから。鼻だけじゃなくて、手も動かせよ」

「はいっ」

「おーい、芋まだか」

「ほーら、催促来た」

「すいません! 今、剥いてます!」

「おー。この後、訓練だからなー」

「誘惑に負けない訓練な」

「イヤです! 精神の訓練はイヤです!」

「なら、必死に剥けよー。あと、たったの五十個だ」

「何で二十個も増えてるんですか!?」

「「「あっはっはっはっ」」」


 会話は和気あいあいとしている。だが、それぞれの動きが速すぎて、何人か分身して見えるのは……気のせいだろうか。

 ……これほど忙しいなら、時間帯をずらせばよかったか……

 声をかける間を見計らっていると、主厨長しゅちゅうちょう(料理長)と目が合った。あの目配りの仕方、見習わねば。


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