懐古する昼下り

 未四刻五(午後二時四十五分)頃。

 庭師から桜草を分けてもらった。


「これで足りますかな?」

「充分だ。そなたが丹精こめた花ゆえ、義母上もお喜びになるだろう」


 昔、常盤の義母上も南庭の花がお好きだと伺った。北対の庭とは趣が異なるゆえ。



 ***



 ──あれは、義母上が今若丸をお産みになって間もなくの……たしか、十七歳でいらした頃のことだ。

 見舞いのために北対を訪問した際、話の中で、義母上はいつもよりさらに声をひそめられ、


『……南の庭は……殿と御方様が、いつもご覧になっているところです……わたくし……殿と御方様が、寄り添っていらっしゃるところを拝見するのが……好きなのです……』


 と夢見る少女のように頬を染め、愛らしく仰った。 

 その日の夕刻。

 内緒だと念を押された話を、私は父上と母上に申し上げた。おふた方がお喜びになると、幼心に思ってのことだ。

 その日以来。

 おふた方はいっそう、常盤の義母上を愛でられている。恥じらう義母上には、しばらく涙目で見られることとなってしまったが。



 ***



 あれから三年経った今。

 あの時のことを、今一度考えてみた。内緒とされた話を告げてしまったことは申し訳なく思う反面、口にして良かったとも思う。お三方の仲は、より良くなられたゆえ。

 ただひとつ言い訳をするならば、あの時、


『……この、お話……内緒にしてくださいませ……』


 と仰られた義母上に、私は言葉にて約定しなかった。言葉にすれば言霊に縛られる。約定は違えられぬ。ゆえに言葉でなく微笑みで返した。

 当時はさらに遠慮がちでいらした義母上の本心を、私は父上と母上に伝えるべきだと思ったのだ。

 今年、義母上は二十歳となられ、私は九歳となった。あの頃より、ほんの少しだけ大きくなった手は、つかめる花の本数も増えた。

 両手いっぱいの、色とりどりの桜草。少しでも、義母上の慰めとなれば幸いだ。


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