のどかなる牛車(三)

 沓を履くため、榻に足を降ろそうとした時。すぐ傍で、異母兄上の薫衣香の香りがした。それから、あっと思う間もなく、


「猫の子のようだね」


 異母兄上に抱きかかえられていた。


「……かように小さくありませぬ」


 これでもようやく、三.九尺(約一二〇センチメートル)まで伸びたのだ。……若干小さめなことは、私とてわかっている。


「そういう意味で言ったのではないのだよ。ふふ、拗ねる顔もまた愛らしいね。……おや。膨らんだ頬が、つきたての餅のようだ」


 からかわれ、ますますむくれる私。

 異母兄上は、ふふ、と笑われた。従者たちのほうに顔を向けられた時には、次期長の子の顔になっていらしたが。


「鬼武者は、このまま私が連れて参る。沓持くつもちは、のちほど鬼武者の沓を持って参れ。その他の者は、東の車宿くるまやどりにて各自の報告が済み次第、昼にして良し」

「「「はっ」」」

「では、解散」


 そのまま東中門へ向かって歩き出される異母兄上。

 我に返った私は、慌てて彼らにねぎらいの言葉をかけた。異母兄上の腕の中からというのが、格好がつかなかったが。



 私たちが立ち去った後。彼らは、


「朝長様、出仕よりお帰りになって間もなく、こちらへいらしたのじゃな」

「急いで着替えられたとは思えぬ身だしなみよの」

「『何はさておき若様』ゆえなぁ」

「あの涼しげな目元が、若様に向けられる時はゆるゆるじゃの」

「ああ、ゆるゆるじゃ」

「若様も、朝長様のお相手をなさる時は、年相応に見えるのぅ」

「良いことじゃ。若様にも息抜きが必要じゃて」

「それにしても、眼福じゃな」

「おふた方とも、美しゅうあられるよって」

「絵巻が動いとるようじゃ」

「おぬし、うまいこと言いよるの」


 などと、ほのぼのと会話をしつつ、車宿(牛を外した牛車を入れる建物)へと向かったらしい。


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