愛好家の会なるものがあるらしい(三)

 床に伏す吉野の様子を診る。体勢と音からして、頭を打った様子はなさそうだ。

 ゆで蛸のように、真っ赤になっているのが気にかかるが……


「袖が緩衝の役目を果たしたな。愛らしい顔が守られたようでよかった。若狭も急なことで驚いただろう。すまなかった」

「い、いいえ。わたくしたちのような下の者へのご配慮、ありがとうございます」

「そなたらは、我が家にとって大切な者たちだ。心を配るのは当然のことだろう」


 君主のみでは城は成らず。臣下の貢献あってこそ、繁栄もできよう。我が家とて同じこと、と父上がよく仰っている。


「吉野は、まさか気を失うとは思わなかったが……すまないことをした」


 吉野の顔にかかってしまった髪を、そっと払う。


「……いつもと、ご様子が……」

「何か申したか?」

「……いえ……」


 下を向いてしまった若狭の表情はわからぬ。


「若様」


 後ろに控えていた近江の静かな声にハッとした。……そうだ、師をお待たせしてしまう。

 私はその場で、安座にて姿勢を正した。


「義母上を始めとする、この室の方々に、ご無礼をお詫び申し上げます。この吉野が気を失ったのは、私の不徳の致すところでございます。もしお咎めとあらば、私にお申しつけくださいませ。診たところ頭は打っていないようですが、どこか障りがあるようでしたら、薬師殿を呼んでいただきたく存じます」

「承知いたしました」


 義母上が、やわらかな声で返答なさった。


「若様のお心遣いに、感謝申し上げます」

「こちらこそ、ご寛容いただきありがとうございます。皆様の語らいのひと時に、無粋なことを致しました。申し訳ございません」


 私は深々と頭を下げた。


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