幼馴染とショッピング 3

 白い壁に木目の床の落ち着いた雰囲気の内装。中央のいくつかの木造の陳列台に――おそらく、店舗のイチ押しの商品が――最軽量などと銘打った目立つPOPを伴って整然と並べられたり、壁面の硝子の台やフックに所狭しと、しかし丁寧に綺麗に、掛けられ陳列されている。


 俺達は眼鏡店に来ていた。

 本日こうして集まることになった理由。本来の目的である。


 見栄え良く並べられた眼鏡たち。

 その種類は実に様々で、フレームの形、色、重さ、拘っていったらキリがなさそうなのは服や靴なんかとそう変わらないように思う。

 実際、視力の良悪に関係なく、オシャレとして眼鏡をつけたりするような時代だし、重量や利便性だけでなく、そういうコンセプトの基デザインされたものも数多あるのだろう。


 一年前の眼鏡の初購入時、別店舗だが眼鏡屋を訪れた時は、視力検査とレンズの度数合わせだけしたら、特に自分の格好とかは気にせず着用感で決めたため、現在使っている物に特にこだわりとかはない。

 そもそも、必ずしも眼鏡を着用しなければいけない程目が悪いわけでもないから、常にかけているわけでもないし。

 教室の一番後ろの席だと、教師の板書への書き方次第で見づらかったりするため、学校には念のために欠かさずかけていっているが、体育などの時は邪魔だし当然のように外しているぐらいの必要性である。


 ツリー丈の什器に陳列されたものの中から、一つを手に取ってかけてみる。

 こういうの、見かけるとやってみたくなるよね。

 俺が手に取って試着したのは、ネオとかがかけていたような、スタイリッシュなデザインの黒メガネ、所謂グラサンである。人目が無いのなら、黒いコートを着てかけてみたいくらい。


「ちょっとロクロー、人が真剣に見てる横で、何ニヤケ面で馬鹿やってんのよ」

「はうあっ。え、笑ってた?」


 暗い視界が、急に明るくなったことに思わず変な声が出る。いつの間にやら、売り場を別々に見て回っていた卯月が隣にまで来ていたらしい。

 彼女の指には俺から奪い取ったのグラサンが挟まれている。

 前もそうだけど、急にそういうことされると、ホントビックリするし心臓に悪いからやめてほしいとは思春期男子の嘆願である。

 美少女を自負する割に、そういうとこ隙だらけと言うかなんというか。狙ってやってるんだとしたら許さない。


「ちなみに、教室で本読んでるときにも一人でそんな風に笑ってるわよあんた」

「うっそー」

「割と気持ち悪いから気を付けた方がいいわよ、周囲の視線気にする割によね、ロクローって」


 マジかよ気をつけよ。


「あと、死ぬほど似合ってないからこれ」


 言いながら指でつまんだグラサンに目を向ける卯月。


「そんなん分かってるし、でもついやりたくなっちゃうんだよなあ」

「ふーん……」

「ふ、いやお前それは卑怯だろ、ぷはっ」


 おもむろに指に挟んだグラサンをかけてみる卯月。目元は隠れて分からないが、口元で澄ました表情を作ってみせる。

 だが、服装が可愛い系なのもあって、クールなそれとはまさにアンマッチ。彼女が小顔なことから、サイズ感もあってなく、あまりに不格好で笑ってしまう。


「さすがの烏丸卯月にも似合わないものもあるんだな。ふ、いやある意味では合ってるんだけど」

「う、うっさいわね。この場じゃ無理だけど、服装も合わせて本気出せばよゆーよよゆー」

「どうだか」


グラサンが陳列されてた場所へと彼女の手によって戻されるのを見届ける。さらばだアンダーソンくん。


「はあ、グラサンが似合う男になりたいだけの人生だった」

「あんたの人生寂しすぎか!?」

「いやでもグラサンかけるの楽しくね、別人になった気分に浸れる」


 さながら大物俳優である。日差しから守るだけでなく、案外、心理的に気が大きくなる効果とかあるのかもしれん。いや知らんけど。


「まあ、分からなくもないわね、というか、あんたといると目的忘れそうになるわね……それより良さげのがあったんだけど、こっちこっち」

「ほーん、どれどれ」


 卯月が手に取ったのは、メタリックな細いフレームの眼鏡である。フックの部分もそうだし、レンズ部分も細い楕円形のオーバル型のもの。

 色はメタリックなブルーとなっているが、青の色調が強すぎず、変に浮かない程度なのがよさげではある。現在かけているような真っ黒な黒縁よりは断然デザイン性に優れている感がある。

 受け取って、かけてみる。

 手近な鏡で顔を確認すると、確かに悪くない。

 偶然なのか、分かっていたのか、顔の幅とフレーム幅のバランスもよく、黒目が丁度真ん中におさまっていて、自然な感じだ。今使ってるのと掛け比べてみても、こちらの方が合っているような気がする程度にはいい感触。


「あんた顔の形はシャープな形で割と悪くないんだから、縁の太い眼鏡かけるよりは主張の強くない細いフレームの方が合うのよ」

「はえー」


 いや、ほんとはえーとしか言えない。鏡に映る俺は、確かに陰キャ度二割減って感じだ。まあ、あくまで体感二割程度だが。眼鏡一つでも案外印象って変わるもんだな。

 かけてないときよりは知的な感あるし、今かけているのよりは根暗な雰囲気が幾分か解消されている。


「あとはその野暮ったい髪の毛ちょっと整えるだけで大分イイ感じになるんじゃない?」

「なるほど……」


 手に取った眼鏡に視線を落とす。

 いや、なんというかである。こう、人に選んでもらうっていうのは、くすぐったいが中々どうしていい気分だ。それを自分に合わせてみて、今のようにいい感じだと自身で実感できたら尚更。


 勿論、その場での盛り上がりで多少目が曇ることもあろう。購入したとして、帰ってみたら、その場では似合うと思っていたものが、案外そうでもなかったりするかもしれない。


 しかし、なんというか楽しいのだ。うん、面白い。

 わざわざ人と歩き回って、駄弁りながらショッピングを楽しむということの良さが全く理解できない俺だったが、その片鱗を味わったような気がする。

 これに病みつきになったのが女子という生き物なのかもしれない。


「他にもまだ色々あるし、もうちょっと見てから決めたら? 別にすぐに必要な訳でもないでしょうし」

「まあ、そうね」


 それとも。

 卯月と居るのが楽しいだけなのかもしれない。この幼馴染とこんな風に阿保みたいなやり取りしながら、じゃれ合うように話すのが楽しいだけなのかも。

 学校じゃ二人きりの場所でだって、どうしたって周囲を警戒するし、人前じゃ気を遣いながら話す。


 学校の生徒は全く関わらない相手でも、他人でありながら、全くの他人ではない。俺にとって、生徒の多くは知り合い未満のしかし、他人以上の者たちばかりだ。

 そういった他人ならざる他人の監視のような視線を気にしなくていい、こういう場は意外と気が楽で、互いに自然体で話せるから楽しいのかななんて、そう思った。


 その後は、卯月のアドバイス通りに、細いフレームを中心に、形違いや色違いを見ていき、色々な意見交換の末に、結局は最初にチョイスしてもらったものを選ぶことにした。


 会計を済ませて、眼鏡店を後にする。レンズも現在使っているのに合うのがあるらしく、当日受け取りが可能とのこと。とはいえ作製には多少時間がかかるそうなので、また後で寄ることになった。

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幼馴染のせいで俺の高校生活が急変した @uqworker

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