負け続けてきたからこそ。
前の打者が三振に倒れて、今度は俺がバッターボックスに向かう。
九回表のツーアウト。負けているのは俺達だから、ここで点が取れなかったらそれでお終いだ。
ベンチに目を向けると、マネージャーが心配そうにこっちを見つめている。
そんな顔したって、結果は変わんねーぞ。けどまあ気持ちは分かる。負けるのには慣れてるなんて言われたら、不安にもなるよな。
だけど仕方ねーだろ、本当のことなんだから。
俺はアイツに、何度も勝負を挑み続けた。
だけど結果はいつも同じ。どれだけ頑張ってもあと一歩が届かなくて、エースナンバーはずっとアイツが背負っていた。
試合が近づく度に、監督にお願いして勝負をさせてもらったけれど、その度に俺は敗北と挫折を味わい続けたんだ……。
バッターボックスに入っても、さっき見た不安そうなマネージャーの顔が、頭から消えない。
そして俺達のベンチも、応援団がいるアルプススタンドも、まるで葬式みたいに沈んだ空気が漂っている。
もしもホームランを打てたとしてもまだ二点差なんだから、皆すっかり諦めムードなんだろう。だけど、だけどなあ……。
「ストライク!」
まだ負けると決まったわけじゃないんだ。
さっきはあんなこと言ったけどさ、別に諦めた訳じゃねーからな!
「ボール!」
まったくよ。アイツときたら、一回も勝たせてくれねーんだもん。
だけど負けっぱなしなのは悔しいから、必死になってもがき続けて。おかげで、すっかり諦めが悪くなっちまったじゃねーか。
「ボール!」
たくさん挫折を味わってきた。だからこそ、立ち上がり方だって知っている。
「ストライク!」
俺のやるべきことは、いつだって一つ。全力で勝ちに行くだけだ!
カキィィンッ!
放たれた快音が、球場に響く。瞬間、俺は手にしていたバットを捨てて、全力で走った。
一塁を蹴って二塁へ。そしてそれさえも越えて、三塁を目指した。
間に合うかどうかはかなり際どかったけど、少しでも勝利への可能性を広げるため、全力で走る。
そうしてたどり着いた三塁ベース。外野から投げられたボールが戻って来るよりも一瞬早く、俺は体を滑り込ませた。
「————ッ! よし!」
立ち上がり、拳を握り締める。
すると同時に、さっきまで沈んでいたアルプススタンドから歓喜の声が湧いた。
ここに来てまさかのスリーベースヒット。だま点差は開いたままだけど、俺の見せた一回のプレーが、がむしゃらな走りが、皆の心を奮い立たせたようだ。
そしてそれは当然、アルプススタンドだけじゃない。
「皆、稲葉に続くぞ。試合はこれからだ!」
火のついたような、キャプテンの声が飛ぶ。
その通り。最後の最後まで、諦めてたまるかよ!
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