負けるのには慣れている。
……いけねえ、一瞬寝てた。
たぶん数秒くらいだったろうけど、確かに意識が飛んでて、昔の事を思い出していた。今は大事な、試合中だって言うのによ。
あれから時は流れて、平成32年。高校生になった俺は今でも野球を続けていて、夢だった甲子園を目指して、日々汗を流していた。
春頃に大流行したウイルスの影響で、一時は開催を危ぶまれた甲子園大会だったけど、無事に行われると決まった時はホッとしたよ。何せ甲子園に行けるチャンスなんて、そう何度も無いんだからな。
だけど無事に開催されたからって、もちろん必ず甲子園にいけるわけじゃない。
切符を手にすることができるのは、地区予選で優勝した一校のみ。一度でも負けたら、そこで終わりなんだ。だと言うのに……。
座り直した俺は、グラウンドに目を向ける。
今いるのは、野球場の三塁側のベンチ。試合の真っ最中だって言うのに、急に昔の事を思い出しちまったのは、状況が絶望的だからだろうな。
初めて挫折を味わったあの時の記憶が、つい蘇ってしまったんだろう。
「3点差、かあ……」
スコアボードに記された数字を眺めながら、ポツリと呟く。
負けているのは俺達のチームで、しかもこれまで二安打しかしていない。これが最後の攻撃だって言うのに。負けちまったら、甲子園に行けなくなるって言うのに、どうしたものか……。
「稲葉君、少しは飲んでおいた方がいいよ」
黙ってグラウンドを見ていた俺に、女子マネージャーが声をかけてくる。
そう言えばついさっきまで、マウンドの上で投げてたっけ。暑さで頭をやられて、昔を思い出していたせいか、それすらも頭から飛んでいた。
スポーツドリンクの入ったペットボトルを受け取って一口。
喉を潤していると、マネージャーがジッとこっちを見ているじゃねーか。
「……どうした?」
「うん、ちょっとね。ねえ、この試合、勝てると思う?」
その声からは、不安が感じられた。無理もねーか、普通に考えたらここからの逆転なんて、難しいもんな。
「勝てるんじゃねーの。こっちが向こうより多く点を取ったら」
「もう、ワタシは真面目に聞いてるの。負けたりしないよね?」
「……さあな。俺は昔から、負けるのには慣れてるからなあ」
思い出されるのは、さっき夢で見た幼い日の出来事。
たくさん努力したのに、何度も挑んだのに、結局一度も勝てることなく、負け続けた俺。
だから負けるのには慣れてる。慣れているんだ……。
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