第8話 悪役令嬢と王子の密会

 ちらりと横を見ると隣でエドガーが白目を剥いていた。

 そしてお父様とお母様の顔には瞬時に計算高い色がよぎる。

 

 コデルリエ家はここ数年、王家とのつながりはない。

 というかどうもこの国と海外の情勢は不安定らしく、ここ数年の王家は国内からではなく国外から王妃をもらい、姫君を国外に嫁がせている。

 そんな情勢の中、突然の第一王子からの告白に、コデルリエ家の今後を思えば受けるのが得策だ。

 エドガーの立場はあるが、正式な婚約をしているわけではない。

 私を王家に送り込み、エドガーに適当なお嫁さんを見繕う。それは少なくともコデルリエ家にとっては悪い話ではない。


 しかし、そもそもこの告白は。


「……ニコラ殿下」


 後ろで物言わず彫像のごとく控えていた護衛が口を挟んだ。


「分かっているよ」


 ニコラ殿下は苦笑した。


「失礼しました……私としたことがついつい先走ったことを申し上げました。もちろんこのような国の一大事、私の一存で決められるようなことではありません」


 ニコラ殿下が流れるように弁明する。まるで用意していたかのような口ぶりだ。


「ただ……私の気持ちを伝えておきたかったのです」

「畏れ多いことです!」


 お父様が頭を深々と下げる。


 そうだ。国の王子それも第一王子のことだ。こんな一朝一夕に婚約が決まってたまるか。

 乙女ゲーム本編でも王子ルートでは政治の取引が裏でめちゃくちゃなされていた、ということがほのめかされていた。

 年単位で調整が必要になるような事柄だ。

 こんな王子のスタンドプレー許されることではない。


「……つまり、確定的ではないお言葉で我が義妹を惑わせたと?」


 エドガーが地の底から出してるかのような不機嫌な声で王子を威嚇する。


「こら、エドガー」


 お父様がたしなめるが、エドガーの目に宿る敵意は隠しきれない。

 そんなエドガーに王子はさらりと告げる。


「失礼した、エドガー。あふれる恋心が止まらなかったのだ」


 歯が浮く!

 思わずそう口走りそうになってしまうのを押さえる。

 私の気など知らず、王子は続ける。


「決してあなたの大切な妹君を傷付けたかったわけではないのだ。信じてくれ」

「そう、ですか……」


 王子の弁明にもエドガーの剣呑な表情は変わらない。


「ま、まあ、何です。これから交流を深めていけば良いのです! と言うわけでさっそくだ、我々は席を外そう! あとは若い二人で!」


 お父様がそう言ってお母様を促す。エドガーの腕を引っ張り上げる。

 ミカエルも空気を読んで、立ち上がる。


 エドガーは最後まで王子にメンチを切っていた。

 お兄様……そこまで私のことを大事の思っていてくれたなんて……。

 でも、王子に喧嘩を売るのはやめてください、お兄様。

 処刑ルートが最短になりそうで怖いです、お兄様。


 こうして部屋には私とニコラ殿下、そして護衛が残された。

 そう護衛が残された。

 いや、王子のことだから護衛が残されるのは当然なんだけど……うん、気まずい。


「やっと二人きりになれたね」


 なれてないよ!?

 私の視界にはがっつり護衛が入っている。

 二人きりで甘い雰囲気をって感じでは一切ない。


「さあ、話をしよう、マリアンヌ嬢」

「え、えーっと」

「ギロチンの話を!」


 ですよねー。

 王子が私のところにわざわざ出向く理由なんてそれくらいしか考えられない。

 分かっていましたとも。


「なんとなくだが、君はご両親にギロチンの話はしていないのではないかと思い、一計を案じさせてもらったよ、驚かせてすまないね」

「いえ、大丈夫ですわ。ええ、わたくしも誰かと話したいとは思っていましたの」


 ギロチン開発。一人ではあまりに荷が重い。

 かと言って両親エドガーに話せばどうしてそんなことをと訝しがられるだろう。


 しかしニコラ殿下は違う。私はもう漏らしてしまった。

 ニコラ殿下にギロチンを作る、と。

 あれをニコラ殿下がどう受け止めたかは分からない。

 しかし吐いた言葉は飲み込めない。


 現にこうしてニコラ殿下は会いに来た。

 私に興味を持っていらっしゃる。


「……で、ギロチンを作る、とは? あの処刑器具がすでにあるのに、君はあれを作ると言った。不思議な子だ」

「わたくし、思いましたの。あれじゃあ……処刑される者が苦しむし……それに、あの……時間もかかるでしょう?」

「そうだね、処刑の腕が悪い者が担当になったら、あれはたいそう時間がかかる」

「だから、その……誰でも簡単にできる処刑道具があれば良いと思いましたの」

「ほう?」

「えっと……わたくしが考えているのは、こういうものなのです。まず木の台に首を固定します。そして、その台の両脇に柱を立てるのです」

「ふむふむ」


 私の拙い説明をニコラ殿下は聞き入れる。


「その柱には溝があって……えーっと」


 私は口では伝えきれなくなって、身振りを交え始めた。

 柱のジェスチャーをする。


「こう二本の柱が立っているでしょう? その上に刃を置くのです。斜めになった刃」


 柱を示す上下運動。そして頭上で刃を表す斜めの手の平。


「ええと、で、その刃は縄で引き上げられていて……その縄を切ると刃が落ちて首を固定した台の隙間に滑り込むのです」


 刃に見立てた手の平を私はストンと落とした。


「そうすると刃の重みで首が切れます!」

「面白い……面白いね、マリアンヌ嬢!」


 ロボットアニメを見ている少年のような目の輝きをニコラ殿下はした。


「それは面白いよ、うん、なるほど、確かにそれが叶えば、処刑を効率的に行える!」

「……はい」


 本当を言えば、処刑自体をなくしてしまいたい。

 だけど、それは叶うまい。

 そんな政治力、私が今から頑張ったところで処刑には間に合わない。


 だからせめて道具だ。道具を用意しよう。

 自分たちが、せめて苦しまずに死なないための道具を。


「問題は……刃物の切れ味だね?」

「はい」


 さすがにニコラ殿下もそれにすぐにお気づきになった。


「何せ刃物はまあ切れないからね。あれはもう叩き潰すって感じだ。まあ、自重で落ちる刃ならそこまで切れ味は要らないかもしれないが……」

「ええ……」


 それでも切れ味がいいに越したことはない。

 切れ味が良ければ良いほど痛みがない。と思う。多分。

 ギロチンで死んだことはないから分からない。


「ようし! じゃあ、私は刃の名産地の他国の情報を集めよう! 幸い、留学の話も出ているんだ。どうにかしてみせるよ。マリアンヌ、君は? 君は何か計画があるかい?」

「……ギロチン台を作らせようと思っています。木工職人を呼ぶつもりです」

「それはいい!」


 ニコラ殿下は手を打って、キラキラした瞳を輝かせた。


「ああ、良いアイデアだ。マリアンヌ嬢。こうして王政に仇なす者達をサクサク処刑できるなんて……心躍るよ!」

「そ、それは……何よりです……」


 ああ、殿下。あなたもです。ルートによってはあなたも処刑です。

 私達はもしかしたら自分たちの首を刎ねるための道具を作っているのです。


 そのようなことは打ち上げられず、私はあいまいな笑みでニコラ殿下を見るに終始した。

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悪役令嬢は次善の策にギロチン開発を志す 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki

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