第7話 悪役令嬢と王子の再会

はじめまして・・・・・・、マリアンヌ嬢。第一王子ニコラだ」

はじめまして・・・・・・、ニコラ殿下。マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエです。お目にかかれて光栄です」


 お互い処刑場でのことを忘れたわけではもちろんない。

 それはニコラ王子の紫の瞳に光るいたずらっぽい色を見ても分かる。

 しかし初対面ということにして置いた方が外面もいいのだろう。


「紹介しよう、こちらミカエル・トリスタン・クヌジー。クヌジー家の次男で私の幼馴染みだ」

「はじめまして、ミカエルと申します。マリアンヌ様、以後お見知りおきを」


 ミカエル・トリスタン・クヌジー、茶髪に茶褐色の目。柔らかい表情が印象的な少年はそう言って頭を下げた。

 私もつられて頭を下げる。


「よろしくお願いします。ミカエル様」


 ミカエルは『革命聖女は処刑場に愛を謳う』の攻略対象4人のうち最後のひとりだ。

 キャラクターの方向性はワンコ系男子。ニコラ王子の腹心でいつもいっしょに登場する。

 ヒロイン以外で隣り合っているスチルが最も多いふたりだ。

 当然のようにニコラ王子とミカエルのカップリングも人気があって、乙女ゲー至上主義の姉はそれが地雷だったりした。

 懐かしいなあ。怒り狂ってブロック機能を連発しているお姉ちゃん。

 ……10歳の少年2人を前に私は何を考えているんだ! 忘れろ!


 私のあんまりにあんまりな思考を前に、ニコラ王子はニコニコと笑顔を崩さず、口を開く。


「エドガー殿はどちらかな? 私は以前王宮でごあいさつしたことがあるんだ。ぜひ旧交を温めたい」

「お兄様ですね。ええと……」


 私が広間を探していると、エドガーがこちらに駆け寄ってくるところだった。

 その後ろにはお父様とお母様もついてきている。


「ごぶさたしております、ニコラ殿下」


 エドガーは深々と頭を下げた。


「やあエドガー2年ぶり」


 ニコラ王子は気さくに手を上げた。


「いや、まさか、ニコラ殿下がいらしてくださるとは……」

「おや、いけなかったかな。招待状をいただいたのだけれど」

「いえ、いけないなどということは断じて……!」


 エドガーの慌てふためいた姿は珍しい。私は少し楽しくなった。


 貴族は皆、10歳になれば社交界に出る。

 男の子はよほど僻地の子でなければ王宮に出向いて国王陛下ならびに王族の方々にあいさつをする。

 女の子なら各家でパーティーを開き、付き合いのある貴族を呼ぶのが普通だ。

 このパーティーでは慣例的に王族にも招待状を送るが、王族が列席することはまずない。

 せいぜい母親の生家だとか、それこそクジヌー家のように付き合いの深い家に出向くくらいだ。


 コデルリエ家は由緒正しい貴族だが、ここ数代での王家とのつながりは薄い。

 この訪問はまさに青天の霹靂であった。


 ゲームのマリアンヌには王立魔法学術院に行くまでニコラ王子との接点はなかったはずだ。

 エドガーに話は聞いていて、憧れは持っていたようだけれど……。

 マリアンヌはエドガーと結婚してコデルリエ家を継ぐはずの身だ。ニコラとの恋など望むべくもない。

 乙女ゲームのヒロインがニコラ王子と接近したニコラルートでは、マリアンヌは身の程を知りなさいと罵倒していた。


 そしてニコラのトゥルーエンドではマリアンヌは次期王妃への嫌がらせの咎で処刑される……。

 ああ、嫌なことを思い出した。


 何にせよニコラ王子とマリアンヌには本来、関わりは生まれない。

 それなのにわざわざいらしたということは処刑場での出来事が原因だろうか?

 もしやギロチンの開発を楽しみにしてくださっているのか?

 ……ごめんなさい! まだ職人を呼ぶところまでしか行っていないです!


「ニコラ殿下! ようこそ我がコデルリエ家に!」


 お父様が到着された。その顔には緊張が走っている。


「ニコラ殿下さえよろしければ応接の間に。席を設けます」

「それはありがたい。ぜひマリアンヌ嬢とはゆっくり話をしてみたいと思っていたのです」


 ニコラ王子の返答に即座にお母様が反応する。

 使用人に手早く用事を申し付ける。

 我がコデルリエ家の使用人たちは大変優秀だった。またたく間に応接の間の準備は整った。


「さあ、殿下、それにクジヌー家のミカエル様、こちらへ。ほら、マリアンヌもついておいで」

「は、はい。またねロザリー様」


 ロザリーは困惑した表情ながら丁寧に深々と頭を下げた。

 後で彼女には手紙を書こう、そう思いながら私はニコラ王子とミカエル、それにニコラ王子の護衛といっしょに応接の間に向かった。


 私が応接の間を使うことはめったにない。

 お客様を通す場所であり、お客様とはほとんどが他人で、『子供』がわざわざ挨拶に行く相手ではないのだ。


 しかし今日のお客様、ニコラ王子とミカエルはマリアンヌのお客様なのだ。私がおもてなしをしなければいけない。


 上座にニコラ王子とミカエルが並んで座る。その椅子の後ろにはニコラ王子の護衛が仁王立ち。

 私は対面に座らせられる。エドガーが私の隣に、お父様とお母様が私達の間に座った。


「お口に合うか分かりませんが……」


 パーティーのために用意された料理が運ばれてくる。

 牛乳のスープ。ソースのかかった小鳥の焼き物。豚のハム。柔らかいパン。カゴに乗った果物。焼き菓子。そしてココアにお茶。

 プチ食卓が完成した。


「いただこう」


 そう答えたニコラ王子より先に、ミカエルが小鳥の焼き物を口に運ぶ。

 これは毒味だ。ニコラ王子は幼い頃に毒殺されかけたことがあるのだ。世間には知られていないが私は乙女ゲームで見た。


「どうだミカエル?」

「これはニコラ殿下の口に合うと思います。よいソースです」

「よし、いただこう」


 毒殺を警戒していることを隠すために、ニコラ王子は表向きは偏食家ということになっている。そしてミカエルがそれをサポートする。さすがに護衛がご馳走に口を付けては毒味としての意味合いが強くなるからしょうがない。

 10歳の少年たちが必死に身を守っている姿はどこか物悲しかった。


「うん、美味しい。これはヒヨドリか?」

「ええ。果樹園を荒らしていたところを猟師が捕まえましたの」


 お母様がニコラ王子に答える。


「ミカエル、次はスープを頼む」

「はい殿下」


 ミカエルは牛乳のスープを口に運ぶ。口の周りについた白いスープを優雅に拭い、ニコラ王子に差し出す。


「ええ、こちらも大変おいしゅうございます」

「いただこう」


 ニコラ王子が食事を楽しんでいるのを見ていると、私もお腹が空いてきた。

 今日は朝からパーティーの準備に追われて、ブイヨンのスープしか口にしていないのだ。


 私のそんな空腹に気付いたのか、ただの気遣いか、ニコラ王子は私達を見た。


「ああ、私ばかりが食事を取っているのもおかしなことだ。どうぞ皆さんも」

「いただきます」


 私はさっそく果物に手を伸ばす。切りそろえられた洋ナシをピックで取り上げる。

 エドガーはココアばかり飲んで落ち着かない様子を隠さない。

 ふたつばかり年下の王子。当たり前だがさすがのエドガーも相手が年上程度では尊大にはなれないようだ。


「…………」


 お茶を飲みながらお父様とお母様は注意深く王子をうかがっている。


 はたしてめったに誕生パーティーに参加されない王子様が我が家に押しかけた理由とは何なのか。

 私は身をすくめて同じくニコラ王子をうかがう。


 ミカエル少年がよそったご馳走に一通り口を付けてから、王子は口元をハンカチで拭い、そして、私をまっすぐ見つめた。


「マリアンヌ嬢、よければ私とお付き合いしてくださらないか?」


 身構えていた私は耳を疑うことしかできなかった。

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