第6話 悪役令嬢のお披露目パーティー

 誕生日を過ぎてやる誕生日パーティーというのも不思議なものだ。

 庶民の記憶が根強い私はそう思いながら、大広間に立つ。

 沢山の瞳がこちらを一斉に見る。

 好奇心の中に値踏みするような色がある。あまりいい気はしない。


 処刑場に行く前の私なら怯えていたかもしれないけれど、今の私に処刑以上に怖いものなどそうそうない。

 臆せず足を進めることができる。

 ……本来のマリアンヌならどう思っただろう?

 沢山の瞳に見つめられた彼女は、多分喜んだだろう。

 私を皆が見ている! そういう子供らしい無邪気さで舞い上がっただろう。


 私は記憶を取り戻して以来、何となくマリアンヌが可哀想になっていた。

 ゲームを見ているときでもあの死に方はないと思っていたけれど、こうしてマリアンヌの人生を経験してみると彼女がああなった理由がよく分かる。

 彼女の人生には見えないレールが敷かれていた。

 惜しみなく注がれる愛情。この世界では常識である少し歪んだ倫理観。そして褒めそやされる環境。

 マリアンヌが傲慢な貴族令嬢になるのに、不思議はどこにもなかった。


「皆様! 我が娘マリアンヌ10歳です! どうぞお見知りおきのほどを」


 お父様が私を大々的に紹介する。

 居並ぶ貴族たちが拍手を送ってくれる。

 知らない人たちの真ん中で私は優雅に礼をした。

 マリアンヌが学んできた体に染みついた優雅な振る舞い。


 今日のドレスはこの日のための特注品。マリアンヌの瞳の色によく映えるであろう青色のドレス。

 首元にはドレスの一部であるチョーカーとお母様から借り受けた例の真珠の首飾り。見るものが見ればコデルリエ家のご令嬢だと一目で分かる代々の品。

 袖にはフリルが付いていてそこから覗く手袋は純白。これにも真珠の飾りが付いている。

 スカートはパニエでこれでもかと膨らまし、裾は引きずっている。

 これで走ることはとうていできないだろうという出で立ちだ。

 髪型はいわゆるポンパドゥール。マリアンヌの柔らかい髪をばあやが必死に結い上げてくれた。

 そこにレースで彩られた帽子を被せれば、どこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢のできあがりだ。


「大丈夫かい? マリアンヌ。ゆっくりでいいからね」


 エドガーが小声で囁いてくれる。

 私は笑顔を返答がわりにする。


 大広間の階段をエドガーのエスコートで下りる。

 慎重に。足元に気を付けて。

 エドガーのコートも今日のために新調したものだ。

 主役の私より少しおとなしめの青色のコートがよく似合っている。


 ああ、見た目だけなら私達は完璧だろう。


 よもや、8年後、革命の渦に巻き込まれ死の運命をたどるなどとうてい思えまい。

 

 


「マリアンヌ様、お誕生日おめでとうございます」

「いやあ、エドガー様、大きくなられましたな」

「はじめまして、マリアンヌ様」

「お母様に似てお美しい」


 大広間に下りればあっという間に貴族たちに囲まれた。

 しかし年が上の貴族たちのお目当ては私よりどちらかというとエドガーだ。


 いずれコデルリエ家を継ぐ男。

 顔を売っておいて損はないのだろう。


 私は空気を読んで、そそくさとエドガーを囲む輪の中から抜け出した。

 パーティーには少女たちが何人も来ていた。

 下は10歳。上は18歳くらいまでいるだろうか。

 同じ年頃の少女がいる家はその子たちを、いない家はできるだけ近い年齢の少女を、それぞれ送り込んできているのだろう。


 私は少女たちが集っている窓辺に向かった。


 少女たちは私が近付くと少しわざとらしいくらいきれいな笑顔を作り、私を出迎えた。


「はじめまして、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ様」

「わたくしはブラシェール家の長女、サビーナと申します」

「わたくしはシャルロット・ボンヌフォワです。以後お見知りおきを」

「わたくしは……」


 紋切り型の挨拶が飛び交う中に、私は彼女・・を見つけた。

 緑の髪が印象的な、柔和な微笑みを浮かべる少女。

 彼女の名前はロザリー・モルガーヌ・ラモー。

『革命聖女は処刑場に愛を謳う』ではマリアンヌの親友であり、ヒロインをいじめ倒すのを手伝うことになる少女だ。


 ロザリーはおしとやかに貴族令嬢たちの後方で自分の番を待っていた。

 しかし次から次へと彼女の前に人が出てくる。

 彼女には永久に順番が回ってこないのではないか、そう見える。

 しかし、ロザリーは揺るがずに柔和な微笑みでそこにいた。


「……あなた、そちらのあなた、お名前は?」


 私は自分から彼女に声をかけてしまっていた。

 ロザリーはいじめっ子のひとりだ。

 彼女に近付くことはゲームの悪役令嬢の位置に近付くことに等しい。

 それなのに私は黙っていられなかった。

 順番を永遠に待ち続けてしまいそうなロザリーの姿に思わず口から言葉が出てきた。


「わ、わたくしはロザリー。ラモー家のロザリーです」


 ロザリーは驚きに目を見開きながら答えた。

 形だけは順番を飛び越された形になる他の貴族令嬢の顔に陰が差す。

 私は気にせず、話を続けた。


「そう。ロザリー様、見たところあなた私と同じくらいの年頃?」

「は、はい先月10歳の誕生日を迎えたばかりです」

「それでは同学年になるわね。よろしくお願いします、ロザリー様」

「は、はいマリアンヌ様」


 ロザリーは私の差し出した手を取った。


 こうして接触した以上、私達は乙女ゲームの通りに、友達になるだろう。

 これが私の処刑人生にどんな影響を及ぼすかは分からない。

 けれども私は見たのだ、ロザリーの謙虚さを。

 それを見てしまうと、彼女が未来にいじめっ子になるからという理由で遠ざけることなどできなかった。


 さて、次にロザリーと何を話すのがマリアンヌらしいだろうか。

 ドレスの話なんかは鉄板か。


 ロザリーのドレスは慎ましやかなおとなしめのシルエットの白いドレスだった。

 派手に飾り立ててもいない。

 主役を引き立てよう、そういう意図が見て取れる。

 彼女らしいし、彼女の家の人間がどういう考えをしているかも察することができる。

 こんな彼女がいじめっ子になる未来……。それもまた、マリアンヌと知り合ったせいなのだろうか。

 そうだとしたら、マリアンヌが私という人格を持った今、ロザリーだっていじめっ子にはならないで済むのかもしれない。


「ロザリー様、あなたのドレスとても素敵ね」


 あ、いや、ダメだ、これ。

 これではまるで周りの着飾った令嬢への当てつけみたいになってしまう。

 そういう感じの傲慢さは出さないようにしないといけないのだ。

 ロザリーもその可能性を敏感に察し取ったようで目が少し泳ぐ。


「お褒めにあずかり光栄です。白色はラモー家の象徴なのです。マリアンヌ様のドレスこそお似合いです。青いドレスに真珠がとても映えますね」


 ロザリーはとっさに今日の主役を褒める流れにして話を立て直した。

 ……まがりなりにも18歳の知能を持つはずの私に対して10歳の女の子のこの機転! 貴族社会は恐ろしいところである。


 ロザリーが私を褒める流れを作ったので、他の令嬢たちもそれに乗る。


「本当にお似合いですわ」

「やはりコデルリエ家といえば真珠ですわね」

「どこの服飾職人を使ってらっしゃるのかしら」


 そのまま、最近流行のドレスの話になっていく。

 こちらはマリアンヌの知識なのだが、どうやらドレスと一口に言っても多くの種類があるらしく、その流行り廃りもめまぐるしいらしい。

 さすがに私の前世、SNSがあった時代とはそのスピードも違うだろうけれど。

 コデルリエ家は王都の郊外にある。どちらかといえば流行を追いやすい場所だ。

 お母様の若い頃のドレスなんかを見せてもらうと、胸元デコルテを出すようなのは珍しいが、今の令嬢たちはチョーカーと襟でデコルテを囲うのが当たり前だ。


 流行を追いかけないといけないのはどこの世の女性も同じなようだ。

 まあ、私は前世ではそこまで流行! って感じでもなかった。

 10歳の時とか何を着てたかも思い出せない。


 そんな風に私達がドレスを褒め合う時間に移行していると、広間の入り口がざわめいた。

 

「まさかいらっしゃるとは……」

「ご令嬢の誕生日パーティーにいらっしゃるなど、ずいぶんとお珍しいことだ」

「隣にいるのはクジヌー家の次男か?」

「間違いない……」


 クジヌー家の次男。それもまた聞き覚えがある。

 確か『革命聖女は処刑場に愛を謳う』の攻略対象の1人だ。

 いや、それよりも、そんなことよりも、広間の入り口に見えるのは。


 遠くから見ても分かる紫の髪。後ろに付き従う屈強な騎士。

 少年は堂々たる足取り。貴族たちの視線を独り占めしようと揺るがぬ姿勢。

 ニッコリと微笑み、私に真っ直ぐ向かってきている。


 ニコラ・オクタヴィアン王子が、隣に1人の少年を引き連れて、登場なされた。

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