第5話 悪役令嬢と食事の時間
魔法の講師が私の額に手をかざしながらおごそかに唱える。
「内から湧き出る魔力の波よ。四元素を統べる力よ。示せ、示せ、示せ、示せ」
なんだろう。何かが這いあがってくるような感覚が、体を巡る。
「吹く風よ、流れる水よ、固まる土よ、そして動かす火よ。姿を現し、舞い踊れ」
目を閉じていても明るう何か光っているのが分かる。
「……示されました。さあ目を開けて」
講師の手の平には赤い光があった。
「マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ様、あなたの魔法特性は火です」
「……お兄様といっしょですね」
本来のマリアンヌならどう言ったのだろう。
分からない。
私はとにかく驚いた風を装ってそう言った。
「そうですね。お兄様に習えばきっと上達も早いでしょう。よかったですね」
「ええ……」
お兄様に魔法を習えば魔法の訓練は短縮できるだろうか。
その分の空いた時間で私は、学んでいこう。
ギロチンの開発方法とこの国の処刑制度を。
「お父様! お誕生日プレゼントに欲しいものがあるの! 木工職人を呼んでくださる?」
誕生日と魔法特性が判明したお祝いの
夕餉の間は広い。
何メートルあるのだろうという長さのテーブルに私とお父様とお母様、そしてエドガーだけが座っている。
給仕するのに端から端へ行ったり来たり、使用人たちは大変そうだ。
こんな前世での我が家のLDK全部を覆い尽くしそうな大きさのテーブルで、自分は平然と食事をしていたのか。
前世の記憶を取り戻した私は感心を通り越して呆れていた。
そんな私の心中などつゆ知らず、お父様はニコニコと笑った。
「もちろんいいともマリアンヌ。しかしわざわざ職人を呼ぶだなんてずいぶんと無理難題を押しつける気だね?」
「い、いけないかしら……?」
私はゲームでのマリアンヌを思い出す。
人を顎で使う高慢ちきな女。
そういう傲慢さが処刑を招くのではないか? そう思うと自分が言ったことを即座に撤回したくなる。
「いけないことなど何もないさ! それが職人の仕事だもの」
幼いマリアンヌのわがままを、しかしお父様は快諾し、続けた。
「何を作らせたいんだい? お父様に教えてごらん」
「そ、それはできてからのお楽しみで……」
ギロチンを作るのです、なんて言ったら絶対に反対される。
歴史上そうであったように、この世界でも処刑人は忌み嫌われる特殊な、一族の担う職業だ。
その末端を担うなんて、木工職人も気分はあまりよくないだろう。
そう思うとやはり木工職人を呼びつけるのは良くない気がする。
しかし、だからといって処刑人を呼べなどとはもっと言えない。
いや、呼んでギロチンの出来について文句を言ってやりたい気持ちはないでもないけれど、処刑人には上級貴族だろうと指示は出せない。
王と裁判所にしか従わないのが処刑人だ。
様々な特権を持っているが、差別もされている、それが処刑人だ。
……どうして私が処刑人についてここまで詳しいかというともちろん『革命聖女は処刑場に愛を謳う』のおかげである。
プレイ結果に処刑がつきまとうだけではない。
ゲームの攻略対象の男の中に、処刑人一族の子もいるからだ。
姉の一押しの人物だったから色々と裏設定まで聞かされて、おかげでなんだか処刑人に詳しくなった。
彼とも王立魔法学術院で出会うことになるのだが……いや、今はいい。そんなことよりギロチンだ。
「それとね、あのね、鍛冶屋にも仕事を頼みたいの」
「鍛冶屋……?」
お父様がさすがに怪訝そうな顔をする。
木工職人にギロチンの土台を作らせる。それはいい。
しかしもうひとつ問題がある。刃物である。
そもそもこの世界の刃物はそんなに切れが良くない。
スパッと切りたいものがあれば、風魔法の使い手を連れてきて、切らせるのが定石だ。
そのせいか、鍛冶の技術が育たなかったのだ。
そうなってくると、もはや処刑人を風魔法の使い手にしてしまえば楽に死ねるのではないかという気もする。
しかし誰がどのような魔法を使えるかはランダムなのがこの世界だ。
処刑人の子がたまたま風魔法を使えるなんて運に賭けるわけにはいかない。
だから鍛冶屋を呼ぶしかない。コデルリエ家の財力をつぎ込み、鍛冶屋に最高の切れ味を誇るギロチンの刃を作らせるのだ。
……まあ私に鍛冶の知識などないに等しいのだが、専門家から話を聞けば前世の記憶がなんかうまいことひっかかってくれるかもしれない。
「……それも来てのお楽しみ」
「いいじゃないですか。鍛冶屋」
お兄様が意外にも助け船を出してくださった。
「俺も剣を新調したかったんです。もうこないだ作ってもらったのが短くなってきました」
「成長期だなあ、エドガー……我がコデルリエ家に来たときはまだあんなに小さかったのになあ」
お父様がしみじみと目を細める。
エドガーが照れくさそうに笑う。
こうして話題はエドガーが来た頃の昔話に流れていった。
そうなると
まだ物心つく前の話になる。
だから私は食事に集中することにした。
マリアンヌの大好物のイチゴのタルトを口に運ぶ。
前世でも私はイチゴは好きだったし、イチゴのタルトは美味しかった。
驚いたことに食事の水準に関しては、前世の世界と遜色ないように思えた。
動物のお肉だって全然クサミがない。確かマリーアントワネット、ギロチンがすでに開発されている時代のジビエですら血が滴るようなものだったと本で読んだことがあるのに、だ。
これも乙女ゲームの世界だからだろうか。
血の滴る肉料理なんて乙女ゲームには似つかわしくない。
かわいらしいタルトや、小綺麗な肉料理が出てくるのが『革命聖女は処刑場に愛を謳う』だったわけだ。
……乙女ゲーム的に首から血が滴るのはいいのだろうか?
私は生まれ変わった世界がこの世界だったことに、その点だけは感謝した。
夕餉を終えて、それぞれ自室に戻る前にお父様は私に念を押した。
「週末は多くの人を呼んで、お前のお披露目パーティーだ。処刑場ではあまり挨拶できなかったと聞いているぞ。今回はきちんとやるように」
「はい、お父様。もちろんです」
お行儀よく答える。
十歳の誕生日パーティー。今までやってきた身内だけのものではない。
お客様をお迎えしてのそれは初めてだ。
緊張する。何かを間違えないようにしないと。処刑につながるような失態を犯さないようにしないと。
私は肝に銘じて自室に戻った。
ばあやに寝間着であるシュミーズドレスに着替えさせてもらうと、私はベッドに倒れこんだ。
把握できてるだけでもギロチン作りには課題が多すぎた。
それでも諦めるわけにはいかない。
やたら難易度の高い乙女ゲームを生き抜けなかったときの保険にギロチンは必要だ。
あの処刑場での光景がよみがえりそうになって、私は必死で頭を振った。
……きっと私は忘れることはないのだろう。
何にせよ私は木工職人と鍛冶屋を呼びつけるという第一関門を突破することができた。今はそれを喜ぼう。
そんなことを思っていると私は次第に眠りについていった。
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