初めての食事
ノノクマが住んでいたという方向に向かって歩き始めた。
身長一メートルほどのノノクマに合わせているので、その歩みは自然と遅くなる。
だが、まぁ、急ぐ旅でもない。のんびり行こう。
「そういや、なんでノノクマはこっちまで来たんだ? 別に歩き回る必要は無かったんだろう?」
ノノクマは首をかしげて考え込む。
まぁ、消し炭だったし、大した考えなんか無かったのかもしれないが。
「覚えてないんなら別にいいぞ?」
しかし、ノノクマは眉間にしわを寄せ一生懸命考え込んでいる。
その真剣な表情に、思わず頬が緩む。険しさより愛らしさ感じさせるのは子供の特権だろうか?
「ノノクマは……こっちに来なければいけなかった気がします」
ふと顔を上げ、オレを見上げる。
「真っ黒だったころのことはよく覚えていないのですが、こっちに来なければいけなかったんだと思います」
こっち……ノノクマが指してた山とは反対を向く。そこには、オレが再生した緑の道がぐだぐだと曲がりながら地平線まで続いていた。
真っすぐ歩いてきたつもりだったが、意外とそうでもないな。
思わず苦笑し、ノノクマを見る。
「こっちに何かあるのか?」
何気ないオレの質問に、ノノクマは「あ!」と何かに気づいたように目を見開いた。
「神様がいました! ノノクマは神様にお仕えするためにこっちに来たんだと思います!」
フンスと鼻息荒く宣言するその姿は非常に愛らしい。
しかし、この世界を破滅させた連中と同じ扱いはなぁ……
「ノノクマ? オレは神様じゃない」
改めて訂正させて頂く。
「そうなのですか? ですが神様は灰色を緑に出来ます。ノノクマの知ってる神様にそんな力はありませんでした。こんなこと出来る神様は本当の神様しかいないとノノクマは思ったのですが……」
ノノクマは少し残念そうに俯いた。
つか本当の神様って……やはり連中は神を自称してただけで、ノノクマたちからはパチモン扱いされてたようだな。なんか笑える。
しかし、神は居なくともギフトはある。魔法なんかもあったのだろうか?
つか、そもそもなんでノノクマは炭化した状態で動けたのか?
「なぁ、ノノクマ。世界がこんなことになる前も死んだ人間が動き回るなんてことはあったのか?」
「ノノクマはお友達からそんな話を聞いたことがあります。でも、カカ様に話したら、そんなのはおとぎ話だと言ってました。ノノクマにはどっちが本当かはわからないです」
ふむ。素直に考えれば、都市伝説的に死者が動くという話はあるが、それ以上の確証は無い、という感じか。まぁ、何らかの意図で子供には真実を隠していた可能性も無くは無いだろうけど、現状だとこれ以上確認しようがない。
ノノクマが例外的存在でないとすれば、またいずれ炭化した人間を再生することになるかもしれないし、その時に改めて確認すればいいか。
まぁ、ノノクマが例外だったら、それで終わりだが。
きゅるるるるるる……
不意に妙なもの音が聞こえ、見ると、ノノクマが蹲っていた。
「どうしたノノクマ?」
「すみません神様……ノノクマはお腹が空いてしまいました。神様が平気そうなので、ノノクマも平気になったのかと思ってたのですが、ノノクマはダメ見たいです……」
「!」
ノノクマが再生してから半日以上が経ってる。オレは”無敵”のおかげで食事をする必要が無かったのだが、普通人は食わねば飢える。この世界についてから4カ月近くオレは食事をしていなかったので、すっかりそのこと忘れていた。
「すまん、ノノクマ。いま用意するからもうちょっとだけ我慢しててくれ」
とは言ったものの、どうするか?
いや、”万能”のギフトを使うつもりなのだが、はっきり言うと使い方が分からん。今まで特に必要なかったのと、目減りすると聞いていたので試してもいなかった。
イメージするだけで出てきたりするものなのだろうか?
まぁ、悩んでても仕方ない。オレはパッと食べられるものを思い浮かべ、それらが目の前の地面の上に置いてある状況をイメージした。
一瞬の眩暈と共に、目の前におにぎりとペットボトルのお茶が現れた。
よくあるコンビニのおにぎりと500mlのペットボトルだ。もうちょいまともなものと思わなくも無かったが、咄嗟だったのでなじみのあるもの出てきてしまった。
オレはそれを拾うと、ノノクマに差し出す。
「ほら、これを食え」
ノノクマは差し出されたものを不思議そうに眺める。
「あの……神様、これは何なのですか?」
「おにぎりとお茶だ」
言いながらパッケージを引きはがすと、ノノクマの手に乗せる。
「おにぎり……これを食べるのですか?」
「ん? もしかして食べられないものだったか?」
そういや見るからに種族が違う。食性が自分と同じじゃない可能性は十分にあった。
ノノクマはくんくんとおにぎりの匂いを嗅ぐと、目を見開いてオレを見る。
「良い匂いがします! これ、食べて良いんですか?」
「その為に出したんだ。とりあえず食べてみな。あ、舌が痺れたり、なんか嫌な感じがしたらすぐに吐き出して良いからな」
普通のツナマヨなんで毒ってことは無いと思うのだが、如何せんここは異世界。前の世界の常識が通じない可能性は十分ある。いざとなったら”万能”で治療すればいいのだろうが、出来れば不快な思いはさせたくなかった。
ノノクマは恐る恐るおにぎりにかぶりつき、もぐもぐと咀嚼する。そしてこくんと嚥下して、再び驚きの表情でオレを見た。
「とっても美味しいです! ノノクマはこんなに美味しいものを初めて食べました!」
言って、おにぎりをはむはむと食べ始める。
少なくとも味覚に大差は無さそうだった。だが、オレの世界の食べ物がこっちの世界で毒になるかどうかは要観察だな。
はむはむはむはむ
一心不乱におにぎりを食べるノノクマ。何と言うかリスやハムスターの様な小動物的な可愛さがある。
「あんまり慌てると喉を詰まらせるぞ」
言いながらペットボトルのキャップを開け、ノノクマに差し出す。
だが、ノノクマは差し出されたペットボトルを見て、きょろきょろとあたりを見回し、困ったようにオレを見上げる。
どうやら、両手でおにぎりを持ってるためペットボトルを受け取れない様だった。
置く場所が必要だな、と思い、オレは”万能”でキャンプ用の小さな折り畳みテーブルとお皿をイメージした。
軽い眩暈の後、それらは目の前に現れ、オレはノノクマにテーブルの上の皿におにぎりを乗せることを勧めた。
ノノクマは目の前に現れたテーブルに驚きつつも、皿の上におにぎりを置き、ペットボトルを受け取る。そしてそのまま口を付け、こくりと口に含んだ。
すると、みるみる眉間に皴が寄り、困ったような顔でオレを見上げる。
「あ、すまん、渋かったか……無理して飲まなくてもいいぞ」
緑茶は……いや、そもそもお茶ってのは国ごとの味覚で合う合わないが顕著な飲み物だ。失敗したと思いながらミネラルウォーターをイメージする。
ノノクマは泣きそうな顔で、それでも吐き出したりはせず、口に含んだ分を飲み込む。ここら辺の価値観は、オレらと変わらないのかもしれない。
「ほら、こっちにしな。ただの水だから」
オレはミネラルウォーターのキャップを開けノノクマに渡し、お茶のペットボトルを受け取った。
ノノクマはクピクピと水を飲むと、ホッとしたようにため息をつき、再びおにぎりを食べようとして、ふとオレを見る。
「神様は食べないのですか?」
「ん? ああ、そうだな……」
別には腹は減っていないのだが、たぶん、食べられないってことは無いだろう。
「オレも食うか」
そう返すとノノクマはにっこりと微笑み、再びおにぎりを食べ始める。
オレもおにぎりを出現させパッケージをはがす。
「いただきます」
具はノノクマに出したのと同じくツナマヨ。久々に食べたおにぎりは、良くも悪くもいつものコンビニのおにぎりだったが、一口食べると空腹感が湧き、あっという間に食べきってしまった。
全然足りないな。もう一つ出すか……?
『志藤さん志藤さん、聞こえてますか?』
不意に女の声が脳内に響き、辺りから音という音が途絶える。
ノノクマを見ると、ペットボトルの水を飲んでるところだったみたいだが、中身の水は凍り付いたかのように微動だにしていない。
「何をした?」
声の主。恐らくあの部屋にいた女に返事をする。
『私がその世界に直接介入することは許されないので、一時的に志藤さんをそこから隔離させて頂きました』
「前は普通に声かけてきてたろ?」
『あの時は、志藤さん一人だったので』
「そういうものか?」
『そういうものです』
なら納得するしか無いか……
「で? 基本連絡は無しとか言ってたと思うんだが……」
『はい。今回初めてギフトに機能変更が入りましたので、その説明の為です」
「機能変更?」
『はい。志藤さんに与えられた”無敵”のギフトですが、一部機能に制約が入りました』
なに? 随分唐突な話だな……
「制約って、どうなったんだ?」
『これからは、エネルギー摂取や排せつに関する加護が切れるそうです』
「……つまり、これからは腹が減り、トイレも必要となる……とういうことか?」
『それだけじゃありませんよ? 気づいて無かったかもしれませんが、志藤さん、今まで呼吸して無かったので』
「え?」
言われて、初めて気づいた。そういえば、この世界に来て、匂いと言うものを感じたことが無い。
『志藤さん意外とにぶちんですねぇ、嗅覚や触覚、痛覚味覚にも大幅にフィルターがかかってたんですよ?』
「そうなのか!?」
『最低限、手や足の感覚はあったので、無理ないかもしれませんね。今後は以前と同じように感じられる様になるみたいです』
「随分といきなりな話だな」
『食事がトリガーだったみたいですね。食べなければ、もう少しは機能制限がかかなかったのでは無いかと。あと、現地の人間と接触したことも原因の一つかもしれません。人には五感を抑制した状態でのコミュニケーションは難しいですから』
「なるほど」
『でも志藤さん優しいですね』
「は? いきなり何言ってるんだ?」
『だって、志藤さんが食事したのって、ノノクマちゃんのこと考えてでしょ?』
「…………」
『一人きりの食事は寂しいですものねぇ』
どことなくニヤニヤ笑いしてるように感じられ、非常にうざい。
『まぁ、今回は初回サービスみたいなものです。今後はギフトに変化があっても説明は無いので注意してください。特に”万能”は強力なので、依存しすぎると無くなった時に困ることになると思いますよ?』
そう言い終わると、唐突に気配が消えた。
ノノクマを見ると、ペットボトルを両手で抱え、こくこくと水を飲んでいる。今のやり取りに気づいた様子は無かった。
さて、どうしたものか?
オレのギフトは”再生”と”無敵”と”万能”。”無敵”はもともと貸与と言う話だったので、今回の機能制限に不満は無い。むしろいきなり無くならなかっただけ御の字だろう。それよりも”万能”の使用時に起こった眩暈の方が気になる。この眩暈、”万能”使用するたびに酷くなっていくんじゃ無いだろうか?
今は軽い眩暈だけだが、いずれ気を失うようなことになれば、使いどころも限られてくるだろう。
「どうしたんですか、神様? 心配ごとですか?」
オレが考え込んでると、ノノクマが心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや、毎回こうやって食事を用意するのは難しいんだ。これはこの世界の創造主から借りてる力を使って用意してたんだけど、いつまでも力を使えるわけじゃなくて、いずれ自分たちで自給自足出来るようにしないといけないんだよ」
ノノクマはよく分からないのか首をかしげている。
「住む場所と食べるものと着るものの確保する必要がある。しかも、力を使わずにそれらを確保できる環境を作らないといけない」
ノノクマは分かってるのかそうでないのか、ふんふんと頷く。
可愛いが、今はそれどころでは無いな。なんとか衣食住を確保できるようにしなければ。
「ノノクマ、ノノクマの居たところに向かうのは後回しにして良いか? トトさまとカカさまのお墓作りは遅くなっちゃうけど……」
「大丈夫です! ノノクマに出来ることがあれば何でもおっしゃってください!」
と胸を張るノノクマを見て思わず頬が緩む。
「ありがとう。頼めることが出来たら頼むからな」
そう言ってノノクマの頭を撫でるオレであった。
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今回は何故か難産でした(;´Д`)
大した内容無いんだけどなぁ……あ、内容無いからか( ̄▽ ̄;)
次回から拠点づくり……になるのかなぁ?
異世界介入録~荒廃しすぎた世界に飛ばされたのだが、オレにどうしろと?~ 芋窪Q作 @imokubo
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