ノノクマと
「ノノクマはどうして真っ黒になったのか、覚えているか?」
オレはこの世界の破滅の経緯を知らない。なので、当事者たるノノクマに聞けば何か分かるかと思ったのだが……
「ノノクマは……ノノクマはトトさまとカカさまに地下室に連れて行かれました。いつもは入っちゃダメと言ってたのに、あの日はそこでじっとしてなさいと言われました。ノノクマは、トト様とカカ様と一緒に居たかったのですが……」
不意にノノクマの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あ、あれ……?」
ノノクマが不思議そうに、自分の頬に触れる。
一度流れ始めた涙は、堰を切ったように次から次へと溢れ返す。
「す、すみません、か、神さま……ノノ……ノノクマは……真っ黒になって、何も悲しく……なくて……トトさまやカカさまが居なくても……町が、灰色になっても……ノノクマは……」
そこから先は言葉にならず、とめどなく涙を流し、呼吸を乱れさせる。
嗚咽なのかしゃっくりなのかわからないほどの荒れ様に、オレはしゃがみこんでノノクマを抱き寄せ、背中をさすった。
「っ!!」
ノノクマは慌てて顔を上げ離れようとするが、オレは黙ってうなずき、背中を撫で続けた。
ノノクマは何か言いかけたが、荒れた呼吸がそれを許さず、くしゃりと顔を歪ませると、そのままオレの胸元に顔を押しつけた。その頭も撫でつつ、オレはノノクマが落ち着くのを待った。
それからどれくらい時間が経ったろうか? 辺りが暗くなり始めている。
ノノクマは泣き疲れたのか、オレの胸にもたれながら静かに寝息を立てていた。
両親と死に別れ、住んでる場所を失い、自らも消し炭のような生ける屍になり果てた。それを理解できるとは言わないが、どれほどの事かは想像するに難くない。
感情に任せヒステリーを上げてもおかしくは無かったと思う。だが、ノノクマは涙を零し始めてから寝入るまで、ただの一度も声を荒げることは無かった。
気丈なのかそれともそういう種族なのか……なんとなくだが、それはノノクマの個性の様な気がした。
泣けるときには声を上げて泣いた方が良い。と、個人的には思う。だが、まぁ、とやかく言うような事でも無いだろう。オレはノノクマを地面に寝かせ、それに沿うように自分も横になった。
翌朝目が覚めると、目の前でちんまい塊が土下座していた。
「おはようノノクマ」
オレが声をかけると、ノノクマは蹲ったまま肩をビクッと震わせた。
「も、申し訳ございません、神様。ノノクマはなんと恐れ多いことを……」
はい?
「早く清めないといけないのに……ここには火も水がありません……」
顔も上げず恐縮しきった感じでノノクマが告げる。
穢れ……ノノクマの種族は、何か感染性のウィルスか何かを持っているのだろうか? けど、たぶんオレには効かないよなぁ。なんせ”無敵”だし。
オレは身を起こして、ノノクマの前に座る。そして、くしゃりとその頭を撫でた。
「大丈夫。オレは穢れないよ」
そう言って頭を撫で繰り回す。ふわふっわの毛髪が心地よい。
「……神様?」
ノノクマがくすぐったそうにしながらも不思議そうな表情でオレを見上げる。
「オレは穢れない。ノノクマもそんなに縮こまることは無いぞ?」
「で、ですが、ヒランドは神様には直接触れてはいけないことになってます。穢れを移すから近づくのもいけないと」
「ヒランド? なんだ、それは? ノノクマ達の………」
や、まて。その前だ。
神様には直接触れてはいけない……?
どいうことだ? この世界には神がいるのか?
ノノクマはオレが大地を再生をしていたから神様呼ばわりしたのではなく、もっと身近な存在として神がいたということか……?
「ノノクマ、オレ以外の誰か……その……神様に会ったことがあるのか?」
確かあの女は神はいないと言ってたよな。騙されたか或いは……
「はい。真っ黒になる前に一度だけ、遠くから見かけたことがあります。トト様の話だと、一つの町に必ず一人は神様が居たそうです」
真っ黒になる前……この世界が破滅する前のことだよな? その頃には神を名乗る連中が居たってことか。
「もしかして、その神様とやらは、オレと同じ二本腕だったのか?」
「はい。神様は二本腕でした。神様はみんな二本腕と聞いてます」
やはりか。だからノノクマはオレを神様呼ばわりしてたんだな。
しかし、神を自称する二本腕の種族か……よほど残念な連中だったに違いない。
この世界の壊れっぷりからして、そこに疑う余地はないだろう。この灰色の荒野は、見るからにハルマゲドンの後みたいな感じだし。
大方核戦争か何かで自滅したんじゃ無かろうか?
核で自滅……そういや、そんなゲームがあったな。シェルターに逃げ込んだ人類が世代を経て、荒廃した地上に出てくる的な………
シェルターか………神を自称する連中がシェルターに引き籠ってるなんてことは無いのだろうか?
前世でも核戦争に備えたシェルターなんかは作られてたし、特権階級ならそういうところに逃げ込んでてもおかしくない。
そういう連中が地上の再生に気づいたら……遅かれ早かれ出てくるよなぁ。
当然再生の原因を探るだろうし、そうなるとオレと接触するのも時間の問題かもしれない。
あまり好ましい相手には思えないし、少し探りを入れた方が良いかもしれないな。
オレはノノクマを起き上がらせると、その神様とやらの手掛かりになりそうな情報が無いか聞いてみた。
「神様のおうち、ですか? ノノクマの町にもありましたけど、真っ黒になった時、町ごと吹き飛んでしまったようで、ノノクマが穴から出たときは何もなくなってました」
「何も無くなってた?」
「はい。ここと変わらない灰色になってました」
ふむ。生半可な設備じゃ残ってないか。
「ノノクマはずっとこの辺りに居たのか?」
ふと辺りを見回し訊ねる。相変わらず代わり映えのしない灰色の荒野。なだらかな起伏はあるものの、それ以外これと言って目を引くものは無い。
「いえ、ノノクマはずっとあっちの方、あの尖がった山の方から来ました」
そう指さした先に、うっすらと山並みが見えた。ぎざぎざの山脈があり、その幾つかは重く垂れこめた雲の上に姿を隠していた。
ちょっとした連山っぽいな。だが、今はまだいい。それより神(自称)どもの拠点だ。
シェルターがあるとすれば、連中がある程度集まってた場所のはずだ。
「ノノクマ、神様の住む町の話とか聞いたこと無いか?」
「そういう町があるという話は聞いたことあるのですが、どこにあるかまでは分かりません」
ふぅむ、手詰まりか。なら、とりあえずノノクマの住んでた町を目指してみるか。土地勘のないまま彷徨い歩くより、起点となる場所があった方が地形把握も容易いだろう。もしかしたらノノクマのトト様やカカ様が消し炭になってうろついてるかもしれないし。
オレは立ち上がると、ノノクマの手を取り、ノノクマが居たという町を目指して歩き始めた。
「あの……どちらへ向かうのですか?」
ノノクマが不安そうに聞いてくる。
「とりあえず、ノノクマの町に行ってみようと思う。ダメか?」
「ダ、ダメじゃないです……あの、神様……」
「ん? どうした?」
「……トト様とカカ様のお墓を建ててもいいですか?」
…………両親の死を受け止めているのか。
つくづく強い子だ。
見た目は5、6歳くらいなんだが、大人びてるというか、妙に達観してる様に感じる。
前世ではそんな子供、身近にいなかったが、こっちの世界では珍しくないのかもしれない。
「オレも手伝うよ」
そう言ってノノクマと繋いだ手に軽く力を込めた。
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