オレの異世界生活は単調で退屈だった……
オレがこの世界に飛ばされてから、だいたい4カ月ほどがたった。だいたいというのは、あまり正確に数えていなかったのと日々の作業が単調すぎて、ぶっちゃけ昨日と今日の違いを比べるのも厳しいからだった。
オレがこの世界にきてやってることと言えば、ひたすら歩いて大地を再生し、夜になったら寝る。ただそれだけ。”無敵”のギフトがあるので、寝ないで済むかと思ってたのだが、きちんと寝ないと再生範囲が狭まったので、ある意味生前の頃よりも規則正しく睡眠をとっている。
最も健康というにはほど遠い精神状態ではあるが。
考えてもみろ。話し相手もいない、美しい景色もない、果て無く続く灰色の荒野をひたすら歩き回っているだけ。それでおかしくならない方がおかしいとは思わないか?
もっとも、他人が存在しないので、自分が狂ってるのかどうかもよく分からんのが実情ではあるが。
一つ言えるのは、圧倒的に独り言が増えたこと。何か見つけるたびにわざわざ声に出してる。まぁ、見つけたといっても農具っぽい道具の残骸とか、その程度のものだったが。
因みに”再生”のギフトは人工物には効かないようだった。再生範囲内に入った道具の残骸はただの土くれと変わり果てた。新品同様になってくれたら、畑仕事なんかに使えそうだったのだが、残念ながらそう都合よくは無いらしい。
そうそう畑仕事! 当初、ある程度の範囲を再生したら、家と畑を作ろうと思ってたのだが、家を建てるための資材が存在せず、また、川などの水源にも未だ出合っていないため、目下保留中である。”無敵”の恩恵で、とりあえず食事する必要は無いので、あんまりやる気も起きなかったのだが。
もしかしたら、一番初めに再生したあたりでは、木なんかも生え始めているかもしれないが、それとて建築に使えるように育つまで何年かかるかわからないし、そもそも、確認のためだけに戻るのもめんどくさい。
てな感じで、ひたすら歩く毎日である。別に不貞腐れて寝転がってても良いのだが、如何せん何もないので、それもまた退屈なのである。まだ、どこかにたどり着ける可能性がある徒歩行の方がマシだった。
「にしても、ほんと代わり映えしない景色だ」
立ち止まってあたりを見回し独り言ちる。
まぁ、口にしたところで、この醜くて美しくない灰色世界に変化があるわけでは………おやぁ?
漫然と見まわした視界の先に、何やら蠢く塊が見える。
距離にして150メートルくらい先だろうか?
オレは、その塊に向かって歩を進める。早足になってしまうのは致し方なかろう。この4カ月で初めての刺激的な出来事なのだ。
終いには駆け足になってしまったが、とりあえず蠢く何かの手前20メートルくらいまで来て、足を止めた。
それは動く消し炭だった。短い下肢を動かし、ゆらゆらと歩くその姿は、生前に見た映画やゲームに出てきたリビングデッド……いわゆるゾンビに近いものがあったが、その表皮は黒く焼けつくされており、完全に炭化している。
あれで良く動けるものだ。
そう思ったが、見た目通り機敏さは無いらしく、少し進んでは石に躓き地べたに転がる。転がってはその短い下肢と4本の腕でもぞもぞと起き上がり、再び辺りを徘徊し始める。
見た目のおぞましさとはうら腹に、その動きはどこかユーモラスで、恐怖心などは沸きようもなく、それどころか、少なからず癒された。
高さは一メートルも無いだろう。耳のない4本腕のコアラの様な風体は、この4カ月の孤独を癒してくれているようだった。
ふと、その消し炭と目が合った。正確には、消し炭の頭部と思われる場所に空いた眼窩らしき空洞と目が合ったのだが、まぁ、それはいい。
消し炭はしばらくこちらを見つめた後、今はじめて気づいたかのように驚き、慌てて逃げ出そうとして石に躓き転がる。この言い方だとウサギや何かの小動物のような機敏な動きを想像してしまうかもしれないが、実際はナマケモノくらいのスピードで、何と言うか、いちいち可愛らしい。
オレは、驚かせない様にその場に屈み、じっと消し炭を見つめる。
野生動物の場合は目を合わせていけないんだったか? 詳しくは知らんが、あの消し炭が視界から消えるのは悲しいので、とりあえず視線は外さず、ただし身動きも取らず、じっと見続けた。
消し炭はこちらをちらちらと伺いながら距離をとる。そうやって10メートルほど移動してから、立ち止まってこちらを警戒するように伺う。
おれは動かない。ただ黙って見つめている。
そうやって小一時間くらい見つめあっていると、少なくとも危害を加える気が無いことが伝わったのか、消し炭がそろりそろりと近づいてきた。
オレとの距離が二メートルくらいになったところで、消し炭はオレでは無く、オレの足元に顔を向けた。
そう、浄化し再生されている地面にだ。
ふらふらと近寄ってくると不思議そうに地面を手を伸ばし、だが境界に触れるか触れないかのところで引っ込める。そんな行動を何度か繰り返し、再びオレの顔を見上げる。
「気を付けろ? そこを超えるとお前は土くれになってしまうかもしれない。今まで生物がこの範囲に入ってきたことは無いんだ。どうなるか分かんないぞ?」
意味が伝わったのか否か、消し炭をちょこんと小首をかしげ、そのまま二三歩後ずさる。そして、勢いをつける様に駆け出し”再生”の範囲手前で石に躓き、転がりながら境界を越えてきた。
それは不思議な光景だった。
”再生”のエリアに触れた個所が、消し炭からみずみずしい姿に変化していったのだ。しかも、肉体だけではなく、身に着けている衣服まで。
消し炭……いや、元消し炭は、転んで擦りむいた腕を見て、その姿の変貌ぶりに驚き、オレの顔を見上げる。
くるくるの巻毛にちょこんと上を向いた鼻先。全体的にイタチ系統の肉食獣を思わせる顔つきだが、そのくりくりとした大きな瞳には、知性の色が伺える。
「あなたは神様ですか?」
呆然と見つめるオレに、その愛らしい生き物が口を開いた。
鈴を転がすような可憐な音色の声だった。
「あ……いや、おれは神様じゃない」
「そうなのですか? でも……」
言って自分の体を見、そして再生された地面を視線を移す。
「緑になってます」
言ってオレを見上げ
「ノノクマも黒じゃなくなりました。こんなこと出来るのは神様だけだとノノクマは思います」
「ノノクマって、お前の名前か?」
「はい、神様。ノノクマはノノクマです」
「あ~~……さっきも言ったが、オレは神様じゃない。オレは……」
と、生前の名前を口にしようとして思い留まる。
確かあの女が、生前の名前を使うと魂が汚れるとか言ってたよな。なにか別の名前を付けた方が良いか……
「オレの名は……え~っと………………………………………………」
いかん、何も思いつかん。
もう生前の名前でいいか? 思い付きで変な名前にして後悔するのも嫌だし。
「あ~~……オレの名前は志藤公則だ」
「シドウキミノリ? それが神様のお名前なのです? 不思議な響きですが、とっても素敵だと思います」
褒められました。
「え~っと、ノノクマ。オレは神様じゃない。いいか? オレは神様じゃない」
「はい、神様」
……まぁ、いいか。誤解はおいおい解いて行こう。
「ノノクマ。特に目的地があるわけじゃ無いんだが、オレと一緒に行くか?」
一応訊ねたものの、ぶっちゃけ一人はもう嫌です。ノノクマがいやだと言っても連れて行く所存ですがなにか?
「はい。ノノクマは神様にお仕えいたします」
素直に付いてきてくれるそうです。
「……じ、じゃあ、これからよろしくな、ノノクマ!」
「はい、神様!」
こうしてオレに旅の道連れが出来たのであった。
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