第12話 参加条件:怠惰でない人

 どんなに非日常に感じても、月日は同じように過ぎゆく。ヤンデレとて同じ。たとえどれほど相手を愛していても、それが精神衛生上、問題があるほどであっても、1日という時間は等しく過ぎ去る。


 もちろん、僕らも。

 気づけばいつ雪が降ってもおかしくない季節が訪れ、それと比例するかの如く、人々は様々な準備を始める。年末年始という制度が日本に誕生して以来、おそらく一度だって落ち着いた時はなかっただろう。

 そして、現代人には準備体操のつもりか、あるいは最後の現実逃避、精神的快楽における仕事納めのような新たなイベントを取り入れた。

 それを楽しむ人の数だけ、それを憎む人がいる。どの業界・ジャンルにおいてもこの言葉は当てはまる。

 救世主の誕生日であっても。


「直樹くん、クリスマス、一緒にいてくれるよね?」

 心配そうにこちらを見つめる。そうか、もう独りでドイルの『青いガーネット』を読まなくて良いのか。「寛容の季節」万歳。

「あぁ、そうだな。

 どこか、その、行きたい場所とか、ある?」

「はい!イルミネーションを見に行きたいです!」

 イルミネーションになぜか反感を覚えていた、非モテ全盛期が脳裏によぎったが、過去は過去として水に流そう。寛容の季節万歳。

「よし、行こうか」

「恋人とクリスマスにイルミネーションをみる、うん、最高のシチュエーションじゃないですか♪」

 確かにテンプレートにして王道のクリスマスデートだ。

「えへへ、なに着ようかな~♪」

 え、ドレスコードあるの……?そんな事を考えてしまうほどに僕はクリスマスとは無縁の存在だった。

 仕方ない、自らこう生きることを選択したのだ。

 大晦日だって、多くの人がお笑い番組や歌番組を観ているなか、独りヘッドフォンを装着し、『第9』を聴いているくらいには拗らせていたのだから。クラシック批判ではないが。

 一週間後か。正直、楽しみだった。


 そんな悦に入った僕を現実に呼び覚ますようにスマホが鳴る。

 まいは目の前にいる、徹[トオル]と表示されていない点から言って、僕の性格上、無視するのが常だが、まいの手前、あまりよろしくないと思い、電話に出る。


「お兄ちゃん」

「!?」

 知らない電話番号の主は、他の誰でもなく、妹の須藤唯花スドウ ユイカだった。

「唯花、スマホ買って貰ったのか」

「そうそう、それで初めてはお兄ちゃんって決めてたから」

 不穏な言い回しは去年ならまだよかったが、今は隣にヤンデレ彼女がいるんだぞ、やめろよ。

「じゃあな、あまり長電話しすぎるなよ」

「待って待って!もうひとつ用事があんの。

 お兄ちゃん、私冬休みはそっちに泊まるから」

「いや、聞いてないぞ!?」

「今言ったもん」

 無論、不倫相手ではなく、妹が来るだけだから大丈夫かもしれないが、問題はそこじゃない。

「お兄ちゃん、クリスマスにいっぱいデートしようね♪」

 唯花は重度のブラコンなのだ。

「直樹くん、誰とお話してるの?」

 ほら来た。

「あの、妹だよ」

「へ~妹さん」

「お兄ちゃん、誰かそこにいるの?」

 会話が混雑してくるから二人ともやめて。

「あのな、泊まるのは構わないけど、今お兄ちゃん、彼女いるんだぞ」

「%$#&@*+◇※▲∴÷;¥!”#」

 唯花が壊れた。そう思ったとたん、電話が切られた。何だが不穏だな。

「あの、まい?しばらく妹が泊まることになったから……」

 ハイライトが切れたのを見て、「今年は初めて尽くしかも」とポジティブに現実から目を避けた。

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