第11話 文章が消えたので書き直し(実話)

 ピンポーン

 まいが来た。あの日以来、僕の社会復帰の為、まいが生存競争に負けない為に、お互いリハビリ、本当のモラトリアムが始まった。


「おはようございます」

「おはよう」

 僕のメンタルが衰弱するのと反比例して、まいはみるみる元気になっていった。空元気でないことを祈るばかりだ。

 しかしながら、まいの働きかけとは裏腹に、僕のメンタルは消耗され続け、いつしか希死念慮に近い感情に囚われるようになり、死に時を絶えず窺っているのが本音だ。

「今日はいい天気ですよ。カーテンも開けて、換気もしっかりしましょうね」

 忌まわしくもあり、それでいて微力を与えてくれそうな陽光が部屋へと押し入る。

 些細な事で心が疲れる今の僕は、カーテンを開け、日光浴をするという極めて健康的な行動でさえ、困難に思えた。


「そうだ一つお願いがあるんですけど」

「出来る範囲であれば」

 極めて狭い範囲だが。

「『直樹くん』って読んでもいいですか?」

 何を今さらという思いと、照れくささがあいまって少し悩んだが、出来る範囲なので

「いいよ」

 と答えた。

「直樹くん🎵」

「や、やめろよ」

「えへへ、直樹くん、もうひとつお願い聞いてくれますか?」

「な、なに?」


「私とキスしませんか?」

 晩秋を感じさせる暖かくもどこか冷たい風がカーテンを揺らし、彼女の髪をなびかせる。


「!!??」

 初めて僕からまいにキスした。

「やっとファーストキス貰ってくれましたね」

「!!??」

「にへへ~直樹くんからキスしてもらった~🎵🎵」

 彼女とのキスは柔らかく、どこまでも甘かった。思えば、今まではまいから、それも頬にだったよな。

「直樹くん、ちょっと元気出ましたね🎵」

 MA☆ZI☆KA☆

 キスしたくらいで回復するってDTかよ...


「今日はキス記念日ですね🎵」

 そう彼女は耳元でささやき、嬉しそうにお茶を飲む、いや、飲まなかった。

「なんだか、勿体ないなと思いまして」

「何が」

「キスした直後にお茶なんか飲んじゃ、口をゆすいだみたいで、余韻がないんですよ」

 やめろ、意識してしまうだろ。

「もう一回、しますか?」

「う、うん」

 なんだ『うん』って。マジで非モテが祟ってるわ。こんな青少年だったのか、僕。


「えへへ、中毒になっちゃいますよ🎵」

 上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず。元気が出ているのだ、毒ではあるまい。

「直樹くんは既に中毒かな?🎵」

 人を発情期みたいに言うな。

「もう、これ以上はダメだよ?」

 む~。僕が美少女ならこんな返しが出来るのだが、あいにくそうではないので、あくまで心中に留めた。


「おかえり、直樹くん」

 そうだ、僕は酔生夢死と言わんばかりの生活をあの日以来過ごしてきた。

 新たに始めた事、そして唯一主体的、能動的に行ったのは、日記を書き始めたというぐらいなもので、たまさか今日まで生きながらえたに過ぎない。

 その上、件の日記というものも、ただ紙を汚していくが如く、本音を吐露し、穢れたノートと日々化していた。忌まわしき心情を露呈するただ一つの場として僕は活用していた。


「まい、ただいま」

 おままごとに過ぎないのかもしれない。

 しかし、この言葉を、この言霊を発した時、僕は確かに帰ってきたのだ。





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