第9話 二人だけのディストピア
気づけば直樹とはもう一ヶ月以上話すことはおろか、顔すら見ていない。
何度電話をかけても、出る素振りすらいっこうにない。
「まさか本当に殺されたとか?」
あり得なくはない。相手の女はメンヘラ。直樹はヤンデレって言ってたが、一目惚れにしてはあまりにも唐突過ぎる。往々にしてそういった性格の持ち主は思い込みが激しい。
監禁か?そんな考えが脳裏をよぎる。
いずれにせよ、今日こそは顔を見るまで帰らない。
俺は本来気持ちがいいはずの秋風を憂鬱に感じつつ、直樹のアパートへと向かった。
「直樹さん、あ~ん🎵」
「あ~ん」
美味しい。どの料理店にだって勝てる味付けだ。それに盛り付けもプロ並み。
「まい、愛してる」
「私もです🎵」
ピンポーン
おかしい。なぜかインターホンが鳴っている。まいは僕のすぐ側にいるのに。
ピンポーン
まただ。そうか、わかった。僕らの愛に嫉妬を覚えた生き物が腹いせにしているのだろう。浅はかな、およそ人に与えられし究極の美徳とは愛に他ならない。それを解さぬ阿呆が跳梁跋扈する現世には見限った。
『うつし世は夢、よるのゆめこそ真』とサインする際、しきりに書き加えた江戸川乱歩。所詮僕ら以外は魑魅魍魎と大差ない。人の夢と書いて儚いと読ます。その儚いものとは実は、世間の信奉する常識とやらだ。
いさかいのない、すべてが完結された世界。愛の他に必要とするものなど何も存在しない。
俄然、インターホンは鳴っている。
暇な奴め。「二人だけの世界」とはとりもなおさず「二人だけ」であることが必要条件なのだ。部外者を立ち入らせては、現世的愛の世界へと成り下がり、いずれ僕らでさえも別れなければならなくなる。
永遠の愛が欲しい。ならばインターホンは後で潰しておこう。
秋晴れの中、俺はただ直樹が居ることを願って、生きていることを願ってインターホンを押し続けた。
これ以上は隣人にも迷惑になりかねない。仕方なく俺は近くの公園へと向かう。あそこなら直樹が家から出る瞬間が見えるはず...
ようやくインターホンが鳴りやんだ。
「直樹さん、私怖い」
ほらみろ、魑魅魍魎が迫ってきたからまいが怖がっているじゃないか。許せん。陰陽師がサボったせいで、令和になっても人心を惑わしているぞ。
「心配するな、まい。僕らはやっと二人になれたんだ。もう何も怖がることはないんだぞ」
「うん、そうだよね」
僕は立ち上がり、物置から手頃なスパナを取り出す。
ガチャ
僕は体力の衰退も無視してインターホンを、外界からの邪魔を破壊する。
ガシャン!!!
これでもう大丈……
「直樹!!!」
「!!!」
徹か…?どうしてここに?
「直樹、今までどおしてたんだ!?連絡くらいよこせよ!」
やめろ……
「おい、直樹!」
やめてくれ……
「どうしたんですか!直樹さん!」
「くっ、来るな!まい!」
「やっぱりコイツも一緒だったか。
直樹、お前コイツと別れなきゃヤバいことになるぞ。今だって生気を失ったような顔をしてるぞ」
「お前自身がヤンデレになっちまったのさ」
僕が、ヤンデレ……?そんなまさか、ヤンデレは元々まいの専売特許だろ?
「勝手なこと言わないでください!」
「いや、俺は直樹と昔からの友人なんだ。だから言える。直樹の今の有り様は、こいつにとっての幸福なんかじゃないってな」
「そんなのあなたが決めることじゃありません!」
「いいや、二人の関係はとうに破綻している」
「そんなこと!」
「もういい、徹……」
「直樹さん!」
「一人にしてくれ」
「わかったよ」
「直樹さん?騙されちゃいけませんよ?」
「ごめん、まい。今だけは一人にしてくれないか?」
久々にこんなまいの表情をみた。徹の言う事が仮にデタラメであったとしても、まいにこの顔をさせた時点で僕は失格だった。
「二人だけの世界」はあえなく消滅し、死の瞬間の如く、一人へと収束された。
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