第5話 水と惰性は混ぜるな危険
再び日常が、いや非日常が始まった。
あの日以来、インターホンとメールは自然現象の如く、当然と言わんばかりに鳴り、笑顔の美少女とコンクリートから反射される熱を浴びながら歩く毎日。
「暑いです。溶けます。スライムまいになっちゃいます」
スライムまいを飼いたい反面、自分でさえも溶けそうな暑さだ。地球温暖化ここに極まれり。
「そうだ!プール行きましょうよ!」
「暑苦しいから大声を出すな」
誰しもが思い付く使い古るされた名案だ。
「行くか」
「はい!」
プールに行くのは結構だが、非リアはその現象に太刀打ちする前に、重大な欠陥がある。想定していない事象、本来起こり得ない事柄への準備を完全に怠っているのだ。
簡潔に言おう、水着がない。
これは言わば、人類滅亡を恐れていても、密かにロケットや栄養物を用意していないことや、来るべき宇宙世紀にむけて宇宙人に関する調査をしていないのと同様。
経験則として起こらない事に対して準備をするほど退屈ではないのだ。
しかし、その時は来た。
僕は水着と食料とロケットを買う必要がある。
「ごめん、水着持ってないわ」
「良いですよ」
良い訳がない。僕が言えた事ではないが何を言っているコイツは。
「私も直樹さんの好みの水着を新しく買いたいので♪」
あぁ、そういうこと。「好みの」戦法はもう見切ったから、前ほど動揺はしなかった。前衛的でアーティスティックな水着を買われても困るしな。
ひとまずお馴染みのそう大きくないショッピングモールへと足を伸ばし、水着売り場へと向かった。
僕のは何でも良いのだ。そもそも男性用水着にたいして代わり映えはないしな。
問題はまいの水着だ。非モテで若干オタク気質な男には憧れである反面、耐えきれるか怪しい精神的苦痛もある。
「こんなのどうですか?」
まいが差し出したのは、非モテには形容し難いものだった。知識不足だから非モテなのか非モテだから知識不足なのか。
水色のビキニ風の水着。嫌がる男などいない。強いて言えば色覚に難があり、およそこの世のものとは思えない色調に見える場合くらいなものだ。
「まぁ、良いんじゃないか?」
「その反応はOKですね」
ポーカーフェイスを使いこなせなかった事が幸いして、水着選びは早めに終わった。
再びクーラーのない、地上世界へ足を踏み入れ、スライムになるすんでのところで市民プールについた。
人類の考えなど大抵は同じ。平凡なプールであっても人は多かった。
「見てるだけで暑苦しいな」
「先に着替え終わっても、入るの待っててくださいね」
釘を刺されては致し方ない。僕はまいが来るのを炎天下の中、プールを見て少し待った。
「お待たせしました!」
美少女の水着姿。スライムも見てみたかったが、こっちも良い。
「ど、どうですか?」
「似合ってるよ」
付き合いたてのカップル感丸出しのぎこちなさが恥ずかしいのでプールへ入る。
「気持ち~♪」
僕は風呂や温泉、海に川といった体の大半を水に浸けるという行為が好きだ。プールとて例外ではない。
静かに水に浸かって、なかば瞑想状態になるのは、何だか胎内かあるいはフランケンシュタインのような、生命誕生を彷彿とさせる。人造の怪物が研究所にある謎の液体カプセルに入れられている、といって伝われば良いのだが。って、なんだ!!
バシャッ!!!
「直樹さん!大丈夫ですか!」
「何が!」
「直樹さん、いつまでたっても顔を出さずに浮かんでたのでてっきり…」
いや急に、まいに引っ張られた驚きで死にそうになったわ。やめろよ。
「今のでだいぶ体力持ってかれたわ。ちょっと休憩していい?」
「すみません、そ、そうしましょう」
僕らは売店の方へと歩き、何か買うことにした。
「アイスクリーム食べませんか?」
「そうしよう」
かき氷と言われたらアイスクリームを提案しようと思っていたが、どうやらまいもアイス派らしい。
「何味にしようかな~」
「すみません、アイスクリームのバニラ味ください」
「ちょっと待ってくださいよ~ん~すみません、私もバニラお願いします」
いや、同時に頼む必要はないと思うが。なんだか罪悪感があるじゃないか。
二人でアイスを食べながら、ふと思った。
出会いはどこにでもある。空から美少女が降ってこないなら、自分が美少女の元へ飛び降りれば良いのかもしれない。
ほんの些細な出来事をきっかけに中野まいは僕に好きだと語った。その勇気はヤンデレの一言で済ましていいものではない。
ガシャン!!!
何かの音が響く。どうも誰かが椅子から落ちたようだ。ドジなのか、あるいは貧血か何かだろうか。一体誰だよ。
中野まいだった。
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