第4話 ヤンデレが来たりて闇は去る
聖域と感じた自宅は今や天岩戸となっていた。天照大御神よろしく殻に閉じ籠り、世界は闇に包まれた。
空虚だ。孤独だ。
それだけを単純に感じられたらどれほど良かっただろうか。物語の主人公のように彼女を見つけ出し、告白すればハッピーエンド。
しかし、現実は、それも僕のような拗らせた人間にとっての現実はそう簡単にはいかない。
もともとこちらから会う予定はなかったではないか。ヤンデレに好かれる損得では損の方が多いではないか。
空回りする思考。いつだってまともな事は言えなかった脳内独り言は、ついに衰退の影を見せていた。
何より驚いている自分がいる。
彼女の存在がここまでだったのかと。
ならないインターホン
来ないメール
平和とは、戦争時に痛感するものであり、平和な時に、平和を噛み締めるものは皮肉にも少ない。
簡単ながら外出の支度を始める。
悲嘆に暮れようともお腹はすく。しかし自炊する気力はない。思考がうまくまとまらないのは栄養不足もあるのだろう。とにもかくにもルソーへ向かう。それに、もしかすると…
少しずつ暑くなり始め、日光が疎ましく思う季節が近づいていることを予感させる。
徹からは何度か着信があったが出る気はない。情けないから?いや、連絡するのは全てが終わって笑い話になってからで良いからだ。
心地のよいジャズが流れ、店内は丁度いい温度、時間を潰すのにもってこいだ。
「ビンゴ」
僅かな希望にかけた。僕がもうルソーを利用しないと高をくくって、まだ働いているだろうと。残念だったな、僕はひねくれ者なんだ。それに面倒な事も嫌いなんだ。一番近い飲食店はここなのさ。
「直樹さん……」
「少し話がしたい」
「で、でも……」
「ダメ人間だから良かったんだ!」
急に何を言い出すのだ、自分。ほらみろ、彼女もビックリしている。
「完璧な美少女なんて、とても僕では相手出来ない。でもな、ダメな美少女なら頑張ろうって思ったんだ!」
「ショックだったさ。僕は本音を何度も押し殺した。その罰として素直さは終身刑を言い渡された」
誰にだ。
「でもな、泥の中に咲いた一輪の花は、ピカソのひまわりよりも僕には価値があったんだ!」
「私でも、良いんですか?」
これじゃ、三文芝居もいいところだ。それでも僕は、涙目で聞く彼女に答えなければならない。恥も外聞も知ったこっちゃない。
「お前じゃなきゃダメなんだ!!」
やったな、自分。もう後戻りは出来ない。ヤンデレにたとえ殺されようとも、文句は言えない。自分で蒔いた種に、あろうことか肥料まで与えてしまったのだから。独り言、おかえり。まい、おかえり。行ってらっしゃい、自分。
突如、独り言が止んだのは、外部から強制シャットアウトが入力されたからだ。理解するのには、空回り期間が少し長すぎたのかもしれない。
頬に感じるぬくもりと彼女の赤くなった顔、そして久々に見たあの笑顔。あぁ、キスされたんだな、僕。
祭りの賑やかさに天岩戸から顔を覗かせた天照大御神は、その周りにいた神々によって引き出され、引きこもりライフに幕を閉じ、世界の暗幕は上がった。
神は言った、「光あれ」と。
些細な事だが、圧倒的に欠けていたものが僕の人生にもたらされたのだ。どうやら、重い愛で空虚を補填しようとしていたのは、中野まいではなく、この須藤直樹本人だったというわけだ。
「えへへ~♪」
アルバイトが終わり、一緒に自宅へと向かうさなか、彼女は終始この調子だった。もはや現実に生きてはいない、回想の民となったのだ。
「そうだ!記念に私が晩ご飯ごちそうしてあげますよ!」
「記念って?」
「恋人記念です♪」
そうか、付き合ったのか...つい先程の出来事がなんだか嘘みたいだ。告白してハッピーエンド、悪くないな。悪ければハッピーエンドでは無いのは僕とてわかってはいるが。
「直樹さんは何が食べたいですか?」
「特に希望はないが、そうだな、まいの得意料理は?」
「もしかして直樹さん、女性慣れしてます?」
「なぜ」
「普通付き合いたての彼女に、そう自然と得意料理注目出来ないですよ、特に直樹さんみたいなタイプは」
「女性慣れしてないから、まいなんだけどな」
「深く追及しないことにしておきます。ド定番ですが、肉じゃがにしますね」
うん、定番だな。洗濯の件もそうだが、まいは案外、家事洗濯が上手だ。その点、生活さえもまともにこなせない自分は、彼女よりダメ人間なのだ。
「お待たせしました~」
うん、良さげだな。見た目も香りも僕の気分も。
「美味しい」
「どれどれ、パクっ。うん、美味しく出来てる!」
相対的にみても主観的にみても幸せだった。
先進国において、幸福度が低い我が国で、これほど理想的な幸せを感じている青年を、国は指標とすべきだ。
「ここに住もうかな……」
泊まるを越えて住もうとする、うん、重いな。ヤンデレという事を忘れたが最後、この幸せは地獄へと変貌する危うさに気づいた頃に食べ終わった。
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