第3話 晴れのち雨時々憂鬱

 その後も中野まいは度々自宅へ訪れ、共に大学へ行き、喫茶店で顔を合わすなど、親しくしていた。

「親しくか……」

 ヤンデレに好かれて親しくするとは、なぜ僕が社会で浮きぎみなのかわからんでもないな。


 今日もインターホンは鳴る。

「おはようございます、直樹さん」

「おはよう」

 いつもニコニコとしている彼女だが、今日はいつも以上だ。もはや真顔が見たくなるほどに。

「楽しみですね、水族館デート」

 我ながら呆れるよ、デートまで重ねるなんて。

「直樹さんの好きなお魚さんいーぱっい勉強したんですからね」

 なんで僕の好きな魚知ってんの?

「好きだからですよ」

 エスパーやめろ。

「さぁ!行きましょ行きましょ!」


 電車で数駅乗った所に水族館が2年ほど前に出来た。なかなか評判が良いらしく、インスタ映えとでも言うのだろうか、若者が集うスポットらしい。僕も若者だが。

「見てください!クロダイですよ!!」

 ホントに知ってたんだ。

「えへへ、クラゲさんだ~ぷにぷにしてる~」

 明るい所から少し目を離すと暗い部分が多い水族館は、彼女の性格と通じる所がある。

 今でこそどこにでもいるような、明るい女の子だが、それだけであればヤンデレ化はしない。

「お腹が空いたので昼食にしませんか?」

「あぁ、そうだな」

 大抵の水族館にはそう安くない、それでいて普通の味のランチブースがある。

「何にしようかなぁ~」

「僕は蕎麦にする」

「あ、蕎麦も良いな!ん~どうしよ~」

「えい!」

 食券機にそこまで気合いをいれる奴もそう多くない。いろんな生き物がみれるのが水族館の最大の利点だ。

「美味しいですね、蕎麦」

「普通じゃないか?」

「直樹さんと同じものを食べている...」

 聞かなかったことにしよう。

「美味しかった~」

「次、どうする?」

「直樹さんったら、もう次のデートの話ですか?」

「帰るか」

「嘘ですウソ!最後に観覧車に乗りたいです!」


「夢みたいです!直樹さんと二人っきりで観覧車なんて」

 僕だってそうだ。彼女はおろか、友人とだって来たことはない。友人なんて徹以外にいやしないが。そして徹と遊園地や水族館に来た暁には、あいつの彼女が浮気を疑って大変な目に遭う。

「ッッ!」

 向かい側に座っていたまいは僕の横へと座り直した。

「直樹さん……」

 なんだなんだ、この展開。いや、ヤンデレと空中の密室に二人きりという禁断のシチュエーションを作り出したのは僕だが。まだ半分まで回ってないぞ。

「私、本当に直樹さんが好きなんです。でも、だからこそ、本当の私が、ダメダメな私が直樹さんの人生を台無しにしてしまうかもしれないんです。そう思うと……」

 少し身構えたが、彼女はただ本音をおもむろに語り出した。

「私、消えます」

 笑顔と涙で感情を相克した彼女は、僕の頬にキスをし、立ち上がった。

「僕は、別に……」

 肝心の言葉が出ない。

 脳内の独り言でさえ、出てこない。


 気づけば頂点をとうに過ぎ、もうすぐドアが開く地点だ。

 二人は何も語らず帰路につく。

「ありがとうございました。直樹さんと仲良くできて本当に嬉しかったです」

 そう言い残して彼女は去った。





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