第2話 奈落へとホールインワン

「付き合うもなにも、僕は君について何も知らない」

「ん~確かにそうですね。申し遅れました、中野まいと申します。直樹さんと同じ大学の一年で、後輩です。好きです」

「後輩だったのか」

「はい。直樹さんのことを知ってからずっと好きだったんですよ!」

「お、おう」

「だから直樹さんがよく行く喫茶店でも働き始めたんですけど、まさかその日に出会えるなんて!運命に感激して思わずコーヒーこぼしちゃいました🎵」

 わかっちゃいたが、とんでもない奴だな。

 中野まい、うん、やっぱり知らんな。


「ふ~洗い終わりましたよ~」

「ありがと」

 慣れてると見えて手際がよい。

「じゃあ、さよなら」

「ちょっと、ひどいですよ~直樹さん!」 何がだ。これ以上この正体不明な女子をいつまでも聖域に置いておく訳にはいかんだろ。

「直樹さんともうちょっとお話したいな」

 可愛いから上目遣いやめろ。

「今日は疲れたんだ。とにかく帰ってくれ」

「直樹さんが体調不良になってはいけませんので今日はおとなしく帰ります」

 そう言って悲しげに部屋を去った。


 改めて部屋を見ると何だか寂しげにも感じる。彼女の甘い香りが残っていて、幻想でないことを告げる。


 翌朝、徹に話そうと思い、スマホの電源をつけるとメールがきていた。

「おいおい、なんで連絡先知ってんだよ」

 中野まいからのモーニングメールだった。

 ヤバイな。改めてそう感じた。昨日の出来事は百歩譲って許そう。実際跳ね返さず洗ってもらった訳だし。

 しかし、これは度を越えていた。

 ピンポーン

 予想がつく。

 ピンポーン

 出てはいけないという思いはあるが、出なければ何をされるかわからない。

 ピンポーン

「なんの用?」

「直樹さん、出掛けましょう🎵」

「大学は休みだ」

「違います、デートです」

 正直悪い気はしない。しかし感情に素直になれるならもっと多くの友達がいただろう。

「どうやって僕の連絡先を知った?」

「ヒ・ミ・ツ🎵」

 こんなにときめかない秘密があってたまるか。

「ね~行きましょうよ、デート」

「……どこに」

「ショッピングです!欲しい服があって買いに行きたいんです」

「一人で買えよ」

「直樹さんのお気に入りが着たいな」

 ドキッとするな、非モテな自分。

 いわゆる陽キャなら1秒で快諾するところをなんだかんだと御託を並べ、そのわりに結局行くというのは、男としての本能か。

 己の野蛮さを再認識したのと同時に、彼女とショッピングモールへと向かった。


 天気が良いこともあってか、人はいつも以上に多く感じた。

「こっちです!直樹さん」

 普段は視界にもいれない女性服専門店。

「ふふっ。彼氏さんはこういうのどうですか?」

「勝手に彼女面するな」

「む~」

 はっきり言って楽しかった。理想的休日じゃないか。もはや自然と発せられる斜に構えた言葉たちを引っ込める術は知らないが、そんな僕を受け入れてくれている彼女との会話は気を使わなくて楽だ。

「楽しいなぁ……」

「なんか言ったか?」

「今日、もしかすると直樹さん来てくれないかと思って。私ひとりぼっちなんです、どこへいっても。でも直樹さんだけは違う。最後は受け入れてくれる。本当に今が楽しいんです」

 明るく振る舞う彼女も人間なのだ。暗いところがあるに決まっている。彼女の愛は重く感じるが、それはこの愛で全ての空虚さを補填しようとしているからなのかもしれない。

「僕も楽しかったよ」

 少しだけなら彼女の寂しさを埋めるのも悪くないかもしれない。この笑顔を見てそう強く思った。


「今日はありがとうございました。直樹さんの好みの女の子に近づけた気がします」

 そう言って彼女はぺこりと頭を下げ、嬉しそうに帰っていった。


 自慢も含めて徹に連絡しようと思い電話をかける。

「もしもし、どうした?」

 僕は事の顛末を語った。

「彼女を作れとは言ったけど、メンヘラ女はキツいぞ?」

 メンヘラ?そうだった彼女はメンヘラでヤンデレだった。美少女というハイスペックさが長年かけ続けた眼鏡に色を付けていた。

「メンヘラ女に捕まったが最後、破滅の道をたどるんだな。今までありがとなー直樹」

 えっ?僕って殺されんの?ヤンデレだから?

 否定する証拠があまりにも欠けていて、改めて現実を思い知らされた。

「マジですか……」

 おやすみメールが届いたのと同時に僕の思考は眠るように考えるのを辞めた。

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