アリバイの冷やし中華 ~真夏の現場不在証明 Part 2

葛西京介

アリバイの冷やし中華 ~真夏の現場不在証明 Part 2

 お昼に友人と冷やし中華を食べてマンションに帰ってきたら、探偵のさと義助よしすけ氏が来ていた。私と、友人で売れない作家の小木おぎゆず(ペンネーム)の関係は省略する。(興味があれば前作も読んで)

「なんで冷やし中華やったん?」

「えー、昨日、SNSでバズってたから」

 友人が答えたけど、バズってたのを発見したのは私です。友人は本当、そういうのに疎い。

「実は俺も冷やし中華やってん。ところで、今日もアリバイ崩しの話聞いて。ちょうど冷やし中華が関係あるし」

「伺いましょう」

 友人が気合い入っている。私も横で聞くけど、手土産持って来ない人には麦茶も出さへんからね。

「事件は引ったくりで、発生は昨日の昼頃。自転車のおばちゃんにバイクで後ろから近付いて、カゴの中の鞄引ったくるやつ。あれ、カゴにネット掛けるの推奨されてから減ってたけど、そのおばちゃんは掛けてなかったんや」

「不用心ですなあ、自業自得」

「まあ、そう言いなや。それで盗んだ男は原チャリ乗ってて、ナンバープレートが目撃されてんねん。顔はフルフェイスのメット被っててわからへんかったけどな」

「それやったらすぐ捕まりますやん」

「そう思うやろ。実は犯人らしき男が、警察に出頭してん。でも犯人としてやなくて、落とし物の届け人として。冷やし中華食べてる間に、原チャリのカゴに鞄が入ってたんやて」

「意味わかりません。どういうことです?」

「今のは概要。ちゃんと最初から話すから」

 とある幹線道路沿いに、今年(2020年)中華料理店ができた。あまり評判にはならなかったが、そこそこ客は入っていたらしい。夏場になったらお決まりどおり「冷やし中華始めました」。これがどうもマニア受けする味(?)らしく、一部の人は毎日食べに来るが、その他の人はなぜか食べないことで知られていたそうだ。

「鞄を警察へ届けに来た男、Aとしとくで。そいつも毎日冷やし中華を食べに来る常連やってん」

「毎日でよう飽きませんね。僕やったら素麺とざる蕎麦と冷やし中華のローテーションやな」

 嘘や。稼ぎが少ないからほとんど毎日素麺(家で作る)、たまにざる蕎麦(家で作る)で、冷やし中華は昨日食べに行ったんが今年初めてやん。

「まあ、好きにさせたって。で、昨日は12時頃に店に来て、冷やし中華を何と4杯も食べた」

「冷やし中華4杯!? 『坊ちゃん』は天ぷらそば4杯食べましたけど、それ以上の猛者ですねえ」

 店はそこそこ混んでいたのだが、それなりに回転しているし、Aはうまいうまいと言いながら次々にお代わりするので店主も断るに断れず、4杯食べさせたそうだ。で、食べ終わったのが12時半。

「いつも4杯食べるんですか?」

「いつもは2杯らしい。その日は特に腹減ってたんやろ。それはさておき、Aが外へ出たら、店の前に置いてた原チャリのカゴに見知らぬ鞄が突っ込まれてた。他の客が間違って入れたんかと思って、鞄を持って店に戻って訊いたら、誰も知らんと言う。近所にも訊いてみたけど、該当者なし。待ってたら取りに来るかと思ってしばらく待ってたけど、誰も来ず。で、鞄を警察へ届けに行ったのが1時」

 行ったら、ついさっき盗まれた鞄として届け出られていたのがわかった。ただし、財布は抜かれていた。Aは抜いてないと言うし、一応身体検査はしたが財布は出て来なかった。ところが、奪った男が乗ってた原チャリのナンバーが、Aの原チャリとぴったり一致していた。警察へ乗り付けたのがまさにそれ。

「当然、Aが犯人かと思われたけど、引ったくりがあったのが12時20分。これは複数の証言があるから間違いない。しかしAはその時、冷やし中華を食べていたという鉄壁のアリバイがある」

 鉄壁という言葉は冷やし中華には似合わないと思うけど、それはさておき。

「Aの原チャリの鍵はどうしたって言うてました?」

「うっかり付けっぱなしにしてたんやて。でも、ボロボロのやから盗られる心配はないと思ったらしい」

「じゃあ、Aの原チャリを誰かが盗って、引ったくりに使ったんでしょう」

「そう思うやろ。ところが、現場は中華料理屋から原チャリでどんなに急いでも片道20分かかるねん。だから30分で往復するのは不可能」

「原チャリはどれくらいスピードが出るんです?」

「50㏄やから、時速30キロやな。法定速度無視するとしてもせいぜい40キロやろ」

「そうすると現場とは約10キロ離れてるわけですね。じゃあ、車で原チャリを運んだんでしょう。時速60キロで走れば10分で現場に着きます」

「理論的にはそうやけど、軽トラで店の前に乗り付けて原チャリ積み下ろししてたら、さすがに目撃者が出るやろ」

「じゃあ、Aが誰かに原チャリを貸したんですよ。その誰かが主犯で、Aは共犯なんです」

「でも、20分かかるねんで。Aが店の外へ出たとき、原チャリと鞄がそこにあったのはどう説明する?」

「そうか。うーむ、これは難問ですね」

 友人は腕を組んで考え込んだ。私はとりあえず質問してみる。

「Aさんの家と中華料理屋はどれくらい離れてるんですか?」

「原チャリで10分くらい」

「じゃあ、Aさんの家と現場の間は?」

 安里氏はメモを見て、それからスマホで何か検索してから言った。たぶん地図。

「それも20分くらいやな」

「じゃあ、こういう感じですね」

 私は近くにあった裏紙(原稿を印刷した後で間違いに気付いて破棄したもの)に略図を書いた。


 A宅←───┐20分

 │     ↓

 │10分   現場

 ↓     ↑

 店←────┘20分


「うん、合ってる」

「Aさんが家を出たのは、店に着く10分前の、11時50分なんですか?」

「それは訊いてないわ。警察は訊いたかもしれんけどな。でもそれ、事件に関係ある? いくら早く出ても、引ったくりがあったのは12時20分やから意味ないと思うけど」

「いえ、ちょっとは関係してると思うんですけどね。ところで、この事件の依頼者って、被害者のおばさんですか?」

「……そう」

 安里氏の歯切れが悪い。それでだいたい読めた。たぶんその人は、安里氏の知り合いなのだろう。あるいは安里氏のお母さんだったりして。だから、もしかしたら無報酬でやってるんじゃないだろうか。

「で、それで何かわかんの?」

 友人までが訊いてくる。ちょっとくらいは自分で考えてくれへんかな。

「やり方だけは何となくわかりましたけど、証拠がないです」

「嘘!? なんでわかんの。とりあえず説明してみて。間違ってるかもしれんし」

 間違いを指摘したるっていう意味? だから、証拠がないから合ってるも間違ってるも言われへんと思うけど。まあ、いいか。

「まず、Aさんにアリバイがある以上は、犯人はAさんじゃないです。だからBさんとします」

「うん、それは合ってる」

 合ってるも何も、それ以外にあり得へんって。

「BさんはAさんの友人とします。あらかじめ打ち合わせて、Aさんは家を出て、すぐ近くでBさんと待ち合わせます。似たような服を着て。そして原チャリとメットを交換します。それからAさんはBさんの原チャリで中華料理屋へ行きます」

「は!? ちょっと待って、なんでそうなるん?」

「『ちょっと待って』はまだ待ってて。全部説明してからにして」

 友人は口の中でブツブツ言いながらも黙った。

「Aさんは店に着いてからそこで30分過ごします。その間にBさんは現場へ行って、引ったくりを実行します。それが12時20分」

「あかんな、12時半に間に合わへん」友人が得意顔でダメ出ししてきた。待ってって言うたのに。

「いいんです。店の前にあったのは、Bさんの原チャリと、あらかじめ用意してたダミーの鞄なんです」

「…………」

 友人が黙ってしまった。考えてるんじゃなくて、私が何を言ってるのかわかってないんだと思う。

「そこが偽装なんです。店の前の原チャリがAさんので、鞄が盗まれた物っていうのをその場で確認した人は、誰もいないんです。Aさんがそう言ってるだけです。安里さん、違うんですか?」

「え? うーん、たぶん、そうやと思うなあ。店主は外へ見に行ってないらしいし、見てもAの原チャリなんか知らんやろうし、他の客も……そうか、そうすると、Bが来るまでAは適当に時間稼ぎして、Bが来たら盗んだ鞄から財布を抜いて、原チャリとメットもまた取り替えて、Aはおもむろに警察へ、っちゅうこと? 何ちゅう大胆な。でも、確かに証拠がない……」

「一応、探してみますけどね」

 昨日〝冷やし中華〟がバズってたのは、Aさんの冷やし中華4杯のせいだと思う。SNSの履歴からその記事を探す。あった。

「店の前の写真がありました。原チャリも写ってます。この中にAさんの原チャリがなかったらアウトです」

 〝冷やし中華4杯目食べてる奴がいる店〟という記事がいくつかあって、店内の写真が多いけど、店の前の写真もある。12時20分から30分くらいまでの間に撮られた、いろんな角度の写真があるから、店の前に置かれた原チャリや自転車は全部写ってるはず。

「店からちょっと離れたところに置いた、とか言い出したら」

「置いた場所は警察に説明してるんじゃないんですか。拾得物の届け出の時って、かなり詳しく場所聞かれますよね。店の前の略図描いて、ここで見つけたっていう印を付けたりすると思うんです。だからその場所にAさんの原チャリが写ってなかったらとにかくアウトです。たぶん、代わりにBさんの原チャリが写ってるんじゃないですか」

「そうやな。とにかく、アリバイのことは警察に言うてみるわ。ありがとう。ほな、また」

「あ、アリバイ崩し代、5千円下さい」

「……冷やし中華1杯にまからへん?」

 やっぱり依頼料もらってないんか。でも、しょうがないな、証拠も不十分やし。

「ちょっと待ってください」

「……何してるん?」

 スマホをいじってる私に友人が話しかけてきた。

「高くておいしい冷やし中華の店探してんねん」

 いくら高くても1杯せいぜい1500円くらいやろうなー。

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