第1章最終話 世界を揺るがす発明品

 僕等は不思議な空間に漂っていた。真っ暗だと思っていた穴の中は洞窟の様になっていて蛍みたいなぼんやりとした光がそこらじゅうに飛び交っている。


「渉ちゃんそこっ!」

「兄キっ!」


 1Mぐらい先に巨大な水晶の塊が地に突き刺さっていた。水晶の中に虎太郎さんが埋まっている。

 僕等が駆け寄ると彼は顔だけ水晶から出ていて薄っすら目を開けた。渉ちゃんは虎太郎さんに抱きついた。


「渉……? なんか大人びたな」

「久しぶりに会ってそれっ!?」


 渉ちゃんは水晶の上から虎太郎さんを抱きしめ、泣きながら怒った。


「ハハッ。ごめんな渉。隣りにいる君は真一君か? 二人は2020年から来たの?」

「そうだよ」

「そうです」

「……やっぱりそうか」


 ◇◆◇


ばつを受けてる」

「罰?」


 虎太郎さんは小林教授とタイムマシンを発明した。

 まだ完全じゃない研究段階だが、どこかの国の組織が奪いに来て時空間に逃げたという。

 未完成のタイムマシンだって、充分に脅威だ。

 タイムマシンは歴史を変えられる。起こったはずの出来事を上手くすれば作り変えることが出来る。

 不幸を止められるかもしれない。

 だが、悪意を持つ者が手に入れたら? 世界は破滅を迎えるのではないだろうか。

 今三人がいる時空間は、どこの時間軸にも行けるが時空間自体に時の流れはない。いわば、亜空間地帯である。


「亜空間に閉じ込められ、飲まず食わずで十年か。そんなに経ったのか」

「帰ろう。兄キ」

「無理だ。水晶はどうやって壊す? 二人は帰れ。これはタイムマシンを作った罰だ。歴史を変えてはならない。本当はタイムマシンを使って事故死した父さん母さんを助けたかった。渉の為にも」

「父さんと母さんを」


 渉ちゃんは人差し指を唇に添えながら俯いた。

 僕のリュックにも巨大な水晶を壊す道具は入ってはいない。どうしたら良いのだろう?


時空間の穴タイムワープホールに入って直ぐ身体が閉じ込められたんだ」

「私は助けたい。兄キの残して行った物、役に立たないかな」


 渉ちゃんが持っていたケースを虎太郎さんに見せると彼の瞳に少しだけ希望が灯った。


「PCは壊してみてくれ。ノートは燃やして。何か変化が起きれば良いが」

「中にタイムマシンの研究内容が?」

「そうだ。研究成果は小林の眼鏡の装置以外は全てそこに在る」


 渉ちゃんはPCを壊しにかかり僕はリュックから着火ライターを出してノートを燃やした。

 ハアッ! 渉ちゃんは瓦割りの要領でPCに拳を何度か叩きつけると見るも無残に破壊された。


「「「うぁっ!!」」」


 虎太郎さんを包む水晶が目も眩むぐらい発光し砕け散って消えた。白くなった視界が戻ると渉ちゃんは虎太郎さんに駆け寄り抱きついた。


「兄キぃっ!」

「渉……。ずっと心配させちゃったよな? ごめんな。二人ともありがとう。さあ帰ろう。小林も心配してるかな?」


 帰るってどうやって? 僕と渉ちゃんが顔を見合わせると虎太郎さんは近くの蛍みたいな浮遊物を掴んだ。


「二人はさっきまで居た2020年夏の日を念じて僕の肩に掴まるんだ」


 言われるまま目を瞑り念じた。掴んだ虎太郎さんの肩が熱を帯びて僕はそこで意識を失った。


 ◇◆◇


「小林――」

「なっ!?」

「小林さん」


 目が覚めると、小林教授が僕達に拳銃を向けていた。

 どうやら元の世界に戻ったらしいけど、間髪入れない突然の衝撃と小林教授の裏切りを目の前にした。

 かなり、ピンチ!!


「タイムマシンは誰にも渡さない。大人しく協力するなら殺さないで居てやるよ」


 僕には訳が分からなかった。


「世界中の金持ちや権力者が高値で買ってくれる」


 人が変わったように小林教授が狂ったように高笑いをすると、大樹に括りつけたはずの黒服の男達が彼の背後に並んだ。


「小林さんそいつらとグルだったのか!? 兄キの友達だろう?」

「タイムマシンは一人じゃ完成しない。悔しいが虎太郎の頭脳が必要だ」

「小林……、俺は協力しない。分かったんだ。人間は時間をいじくるべきではないって事をね」


 隙をついて小林教授にせまった渉ちゃんが目にも止まらぬ速さで彼の手首を踵落としで蹴ると拳銃は地面を滑っていく。

 続けざま黒服の男達を肘やパンチや膝蹴りで次々倒した。


「小林さん、兄キを助け出せた事だけは感謝します」


 渉ちゃんはそういって、茫然とする小林教授の眼鏡を取り上げ地面に置くと思いっきり踏みつけた。

 無表情だが彼女は迫力があって。

 渉ちゃんの瞳の奥が静かにすごく怒っていた。


 ◇◆◇


 さて――。

 僕は喫茶店ボヤージュの扉を開ける。


「いらっしゃぁい、君嶋君」

「渉ちゃん、来てますか?」


 いつもの席に渉ちゃんが優雅に座っている。

 探偵にして、僕の初恋の相手。

 彼女の横には兄の虎太郎さんも座りタブレットと睨めっこをしていた。


「やぁ、真ちゃん。事件かい?」


 未解決事件は解決したが、荒樫探偵事務所に依頼が絶える事は無いんだ。

 ――暑い夏はまだ終わらない。

 僕は渉ちゃんの傍に居たいが為に助手を続けている。

 凛々しい彼女は、僕に優雅ににっこりと微笑んだ。




 第1章 事件ファイル『「未解決案件」荒樫虎太郎行方不明事件』

        終わり

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荒樫渉の事件簿 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

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