荒樫渉の事件簿

天雪桃那花(あまゆきもなか)

第1章 事件ファイル『「未解決案件」荒樫虎太郎行方不明事件』

第1話 探偵 荒樫渉

 暑い夏が来ると僕はあの日を思い出す。

 行方不明事件が起きた夏――

 今年もまた同じ季節が巡ってきた。


  ◇◆◇


 ロミオとジュリエットが愛を交わしそうなバルコニー付き。お洒落な西洋建築の外観をしたビルの二階の荒樫探偵事務所あらがしたんていじむしょで僕は幼馴染みのわたるちゃんの姿を探していた。

 どこにも彼女はらず一階の喫茶店ボヤージュに向かう。


 カランカラン……。


 聞き慣れた店のドアベルが鳴る。

 店内に入ると一気に珈琲の薫りに包まれた。

「いらっしゃい」

わたるちゃん来てます?」

「渉さん来てるわよぉ」

 店主こだわりの極上の珈琲が芳しく漂い鼻腔をくすぐる。朝の僕の眠たい脳を覚醒させる。

君嶋きみしま君はいつもの?」

「はい。ミルクティーで」


 胸を強調した特注のギャルソン服でキメたニューハーフの店主は魅惑的にウインクをする。

 店主のマリカさんは僕らの後輩で不良共に絡まれていたのを渉ちゃんに助けられてから彼女を崇拝している。


「やっぱりいた。ここだと思いましたよ。わたるちゃん」


 店の奥窓際のいつもの席に僕の初恋の相手にして探偵、荒樫渉あらがしわたるがいる。

 彼女は片手に本を持ち読みながら長い脚を組み座っていた。

 憂いを秘めた漆黒の瞳。すっと通った鼻筋に口角の上がった形の良い魅力的な唇は僕の心をとらえて離さない。

 ミッドナイトブルーのスーツが映える引き締まった体躯と女性だけど惚れ惚れするほど要所要所で現れる男前な仕草に僕の目は釘づけだ。

 昔から渉ちゃんは格好良かった。


 彼女は前髪が少し顔にかかって払う。ショートカットで整えられた美しいダークブラウンの髪はとても艷やかで。

 彼女を一言で表すなら「美しい人」、それに尽きる。


「ここのふっくら美味しいオムレツ、厚めのハニートーストが私のささやかな楽しみだからね」

「素敵なモーニングタイムに悪いけど、仕事の依頼が来てるよ渉ちゃん」

「んっ急ぎかな?」

「虎太郎さんの友達から」

「兄キの? マリカさんごめん。オムレツ事務所に持って来て貰っても良いかな?」

「オッケー♡ 渉さんの頼みなら何でも聞いちゃう」


 渉ちゃんが席を立つと僕は見下みおろされる形になる。彼女の身長は僕より遥かに高い。


「真ちゃん、行こう」

「うん」


 サッと美しい所作で代金を払う渉ちゃんの姿に惚れ惚れし、前を歩くキリッとした背中を見ながら、僕はふうっと甘い溜め息をついていた。





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