現代百物語 第35話 駅の向こう側

河野章

現代百物語 第35話 駅の向こう側

「風光明媚な所で写真が撮りたいんだよな」

「は?」

 珍しく二人はライン通話をしていた。

 藤崎柊輔の突然の要望に、谷本新也(アラヤ)は首を傾げた。

 怪奇現象の同行取材旅行に誘われたことは幾度となくあるが、藤崎が写真が趣味とは知らなかった。

 新也はスピーカーに向かって声を大きくする。

 夕飯の洗い物をしていた。

「どこに行きたいんです?」

「駅から海が綺麗に見えるところ」

 答える藤崎の声も雑音混じりだ。スピーカーで話しているのだろう。

 嫌な予感がして、新也は嫌味を言った。

「……酷くロマンチックな場所ですね」

「幽霊が写るらしいんだよ、そこで写真を撮ると」

 うきうきとした声で藤崎が返してくる。やはりか……と新也は肩を落とす。

 同行取材と同じではないか。

「場所は分かってるんですね?」

「ああ」

 抜かりない。ニヤッと笑う藤崎の顔が思い浮かんだ。

 次の日曜日に二人して出かけることで話がまとまった。


 その駅へは在来線を乗り継いで2時間以上かかった。

 S県にあるその駅は、観光名所として有名なようだった。

 同県のパンフレットにも乗っている。

 駅は無人駅で、背後には切り立った崖。そして目の前には水平線が見渡せる日本海だった。パンフレットにはきらめく海を背景に佇む男女二人が写っている。

 そのパンフレットをよく見れば、複数の顔に見える影があるのだと騒がれたのが怪談の始まりらしい。

 新也も藤崎に見せられて社内でそのパンフレットをよく見たが、端に写る木立の影が顔に見えなくもない……というのが正直なところだ。

「お前が何も感じないならハズレかな」

 向かいに座る藤崎が、残念そうに言いパンフレットをバッグへとしまう。

「そんな、見たら何でも分かるわけじゃないですよ。機械じゃないんですから……」

 呆れた口調で新也が返すと、藤崎は笑った。


 観光地、ということだが駅に近づくに連れて次第に乗客は減ってきていた。

 確かに風景が綺麗な駅があるだだけで、何をする場所でもない。

 そんなものかもしれないが、あまりに人の少なさに妙だなと新也は思った。

 駅へ着く頃には霞が出てきていた。

 周囲は晴れている。

 しかし、薄っすらと霧のようなものが漂っている。季節は春。晴天で妙な雰囲気だった。

 駅へと着いた。

「◯✕駅、◯✕駅」

 駅のアナウンスが入り、二人は駅へと降り立った。

 その駅で降りたのは二人だけだった。

 周囲は霞んでいて、隣の顔もようやく見えるほどだ。

 けれど正面数メートル先に海があるのは分かった。

 金網で仕切られた向こうは崖で、相当な高さがあることも。

「妙ですね……」

 新也は肌寒さにブルっと震えた。

 しんっと周囲は静まり返っている。鳥の鳴き声も、風の音も、すぐそこの波が打ち付ける音さえしなかった。

 いきなり背後で、ドシャっとなにかが落ちる音が聞こえた。

 新也はその音を知っていた。

 本物ではないが、怪奇な過去の現象で何回か聞いたことのある音。

 人が、飛び降りた時の音だ。

 新也は駅の後ろを振り返った。

 今まさに、後ろの崖から人が飛び降りる瞬間だった。

 ドシャリ。

 また次も。

 木々の間に列をなして、駅裏の崖の上には人が大挙していた。

 順番を待つようにして飛び降りた人間は、線路を渡り、こちらへ歩いてくる。

 何事もなかったかのような風情だが、皆足が潰れ、顔が欠け、胴体からは内蔵がはみ出ている。金網の先、海へ向かっているようだった。身体を引きずり、段差を乗り越えて、新也の横を通り、歩いてくる。

 その間にも、次々に飛び降りる。

「先輩……!」

 崖上の列の中に、先程まで自分の隣に立っていたはずの男を見つけて、新也は悲鳴の様な声を上げた。

「何してるんですか!?」

 藤崎へと声を大にして叫んだ。

 青白い顔で列に並んでいた藤崎がその声に反応して笑った。

「何だ新也か。……来いよ、お前も」

 そう言って、飛び降りた。 

 ドシャリというその音を、新也は耳を塞いで聞いた。

(どうして、先輩……!)

 目を閉じて、しばらくすると、不意に隣で聞き慣れた藤崎の声が聞こえた。

「どうした? 新也」

 目を開けると、頭の半分欠けた藤崎が笑顔で新也の目の前に立っていた。

 ひっと一歩下がる新也を追いかけて、藤崎が一歩前に出る。

 霞は霧散しかけていた。

 今は目の前の、藤崎の血まみれの顔がよく見える。

 新也はちらりと自分たちの横を通り抜ける他の死体達へ目線をやる。

 青い、水平線の先を目指しているのか。

 身体を金網の上に乗り越えさせて、肢体たちが次々に海へ落ち始めた。

 グシャリとも、ドボンとも、音がする。

 落ちた先で違うのだろう。

 血まみれのその現場を見たいとも思わなかった。

 崖から位置てきて、線路を越えて、海へ向かう人々。

 なにかの儀式のようだった。

「新也、俺たちも行こう」

 折れた腕で藤崎が誘う。藤崎の微笑む顔は欠けていても悔しいほどに綺麗だった。

「嫌です」

 その顔にきっぱりと新也は言う。

「新也?」

 藤崎は迫ってくる。新也はまた一歩退いた。

 駅から離れるたびに霧が濃くなってきた。数歩離れれば藤崎の顔ももう見えない。

 駅を挟んで両側で、ドシャリと落ちる音は続いている。

「新也!」

 声で、目が覚めた。

 新也はまだ電車に乗っていたのだった。

 藤崎が肩を揺すっていた。笑顔もいつも通りだ。

「次の駅だぞ」

 藤崎が立ち上がろうとする。新也は震える手でその腕を掴んだ。

「先輩……止めときましょう」

 震えながら懇願する新也に、さすがに違和感を感じたのか、藤崎が隣の席へ座る。

 駅に着いた。

 どこもおかしくない、快晴だ。

 けれど首を振って新也は止めた。

「ここは駄目です」

「……そうか」

 藤崎は素直に従った。

 次の駅で降りて帰り道に、新也は夢を詳しく語るのだった。


 

【end】

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