9

 春になると毎年、決まって高校の桜を見に行った。引っ越してしまってからもわざわざ見に来ている。来年はもう来ないかもしれないねと毎年言っていた。


 あのとき、桜を見上げていただけのあたえは、手を伸ばし、枝を掴めるようになった。


「見て」


 ぼくが手を伸ばすとそれよりも高い位置の枝に触れてしまい、あたえがぼくの膝を軽く蹴った。あたえが笑うタイミングでぼくも笑う。


ぼくの身長は一八〇センチまで伸びたけれど、あたえは一七二センチで止まってしまったらしい。


 高校を卒業し、別々の大学に進んだが、ほぼ毎週会っていた。社会人になって、向かい側のマンションに住んでいるけれどあたえはほとんどぼくの部屋に入り浸っている。


 身長だけでなく、肩幅もだいぶ広くなったし、関節も首も太くなった。一枚の布団で寝るにはもう完全に無理がある。夜が好きだ。ただ一緒に眠ろうとするとひとつに戻れる気がするから。


 あたえの頭の上に桜の花が積もり続ける。ぼくはそれを何度も何度も振り落した。


「来年もたぶん、来るだろうな」


 いつもとは違うことを言うとあたえは「どうせまた来るよ」と言った。


「家具屋行こうよ」


「家具? 何買うの?」


「いいから」


 ぼくらが思い出になるという恐怖は不思議と年々となくなっていった。このままするっと一緒にいられたらいい。最初はとても似ていると思ったけれどいまは結局似てないから愛せる。ぼくなんかよりずっと素直で、泣いて、よく笑う。あしたのことはよくわからないがこの想いはずっと続いていく、そんな気がした。

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シーアネモネ 霜月ミツカ @room1103

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