槌ノ子

秋冬遥夏

槌ノ子

 先月からツチノコと同棲をしている。

 飼っているのでは無い、あくまで同棲をしているのである。一つ屋根の下に暮らし、同じものを食べて、一緒のベッドで眠むっている。家事は役割分担を決めている。ツチノコが、

「私、本能的に火が怖いものでして」

 と言うものだから、なら私が料理はしますよ、と答えたきり炊事は私の役目になった。その代わりに掃除、洗濯などはツチノコがやってくれる。いつも小さい体を一生懸命に動かして頑張ってくれている。

 ツチノコは俗に言う未確認生物のそれで、テレビでも「ツチノコを追え」みたいな形で特集が組まれているのをよく見かける。オカルト好きな私の友達も、いつかツチノコを捕まえてみたい、と言っていたのを思い出した。

 そこで、貴方を私の友達に紹介しても良いか、と訊くとツチノコは、

「紹介したところで無駄ですよ」

 と答えた。それは何故か、と問うと次は、

「私を捕まえよう、などと探し求めてる人には、決して見えないようになっています。敵から身を守るためにカメレオンが色を変える、擬態化と同じ感覚です」

 と言うのであった。

 そうか未確認生物と呼ばれる裏には、そういったカラクリがあったのか。どうりで人間が見つけられないわけである。しかしツチノコの言い分を逆に考えれば、私はツチノコを微塵にも探し求めて無かった、ということなのだろう。それはそれで癪だったが、とても気楽で心地が良かった。


 空が晴れたある日、ツチノコが、

「おいしいクロワッサンが食べたい」

 と言うので、2人で隣町のパン屋に行った。ドライブをしたのである。私たちが住んでいる町は盆地であり、周りが山に囲まれている。どこかで遊びたいと思ったら、山を越えなければ遊び場が無い、というのがこの町の常識である。

「クロワッサンってドイツ語で三日月という意味らしいですよ」

 ツチノコの言うウンチクに、へえ、と適当に相槌を打ちながら車を走らせた。

 途中ダム湖を見つけては、車を止めて景色を見に行った。水の匂いが辺りを包んでいて、空気がキレイであった。少し歩いていると、ツチノコは聞いてきた。

「何故、私を捕まえる気が無いのですか。人間は誰でも欲があります。私を捕まえればきっと良い未来が待ってますよ」

 とても愚問であった。しかし何秒が頭を捻った後に、ただ面倒だからだと思う、と答えた。

 「つまらない人ですね」

 そう言われた。自分でも思う。本当に私はつまらない人なのだろう。


 パン屋に着くと、クロワッサンを4つほど買った。今食べる分と、帰ってから食べる分。近くのベンチに2人で座ってクロワッサンを食べた。ツチノコは体が小さいがよく食べた。手のひらくらいの大きさにも関わらず、人間の私と同じ量を毎回ぺろりと食べきる。食後はいつも風船のようにお腹が膨れて、歩けなくなっている。それが、なんとも可愛らしい。

 ふと、さっきダム湖で話したことを思い出した。

 みんななぜそんなに貴方を探し求めているのかしら、横で必死にクロワッサンを頬張るツチノコに聞くと、

「そりゃ、私を探し出せば一躍ときの人ですし、売れば一攫千金ですし、そもそも探し出す過程にさえロマンを感じてる人もいるんですよ」

 とのことである。そうゆうものなの、と聞くと、

「普通はね」

 と返された。まるで私が普通じゃない、みたいな言い方だったが何も言えなかった。私は普通じゃないのだろう。


 クロワッサンを食べていると、知らないおばあちゃんが話しかけてきた。

「あんた、それツチノコじゃないか」

 私とツチノコは目を見あった。ツチノコが見えるんですか、と聞くと、

「この年になると、結構見えるようになるわさ」

 と言った。続けて、

「まあ、こんな歳になってから見えたところで、なんも変わらないんだけどね」

 と鼻で笑った。そんなおばあちゃんが私には潔くてカッコよく思えた。おばあちゃんはツチノコを優しく撫でてから、帰っていった。


 クロワッサンを食べ終えて、私たちは車に乗り込んだ。

 行きに来た道を戻って行った。ダム湖を越えた辺りで私は、都市伝説とかあるじゃん、と言った。するとツチノコは、

「それは私に関する都市伝説ですか」

 と聞くので、そう、と答える。

 ツチノコは爬虫類らしく目を細めた。少し鼻に付いたのだろうか、いつもより食い気味に、

「例えば、どんなものがあるのですか」

 と聞いてきた。自分の都市伝説なのに知らないのだろうか、とも思ったが、私はいくつか挙げてみた。

 例えば、無理矢理にでも笑顔を作っているとその笑顔に釣られてやってくるとか、夢の中で出会えると正夢になって現れるとか。他にも、やりたい放題やってる人の方が出会える確率が上がるとか、まあ、色々と。

「とても、デタラメですね」

 まあ都市伝説ですからね、そう言った後に、ツチノコはふー、と長い溜息をついた。そしてゆっくりと話し始める。

「人間は古来から私を見つける為に色々な理論を立てました。そしてそれをまとめた書物が作られていきます。この世には私を捕まえる為の団体だって存在します。そんな光景を見るといつも、人間というものはとても悲しい生き物だ、と思うのです」

 ツチノコはどこか世界をバカにするように微笑んでいた。その笑顔に向けて、それは探そうとすればするほど探し出せないからですか、と聞いてみると、

「そうです、昔に言ったと思いますが、追い求めてる人にこそ見えない仕組みになっているのです」

 またバカにした笑みを見せるので、なんだかイジワルね、と言ってやると、

「お互い様ですよ」

 と返された。

 ツチノコもツチノコで大変なんだな、と思った。


 帰りに本屋に寄った。

「本を読んでみてはどうだろう」

 というツチノコのすすめである。いやだよ、と言ったのだが、

「なら写真集やイラスト集などでも」

 と何故かすごく推してきた為、寄らざるを得なかった。

 本屋の中は時が止まったように静かだった。本の匂いが充満している。ツチノコは、

「この匂いが好きなのですよね」

 と言うが、私はそうだとは思わなかった。作者の思いが押し込められた本がこの本屋を埋めている、そう考えるだけで呼吸が重く感じた。

 ツチノコは色々な本を勧めた。

 勇者が悪を切るファンタジーなもの、ある夏に出会った男女の恋愛もの、鬱病の闘病生活を綴ったエッセイ本、文章が固い時代小説から、ほのぼのとした絵本まで、ツチノコは片っ端から本を勧めてきた。

 私は勧められた中から、ツチノコが表紙に載っていて、主人公が「何か」から逃げ続けるだけ、というシュールなストーリーの本に惹かれた。その本を一冊購入し、店を後にした。


 家に戻るとすぐに小説を読んでみた。

『僕はずっと逃げている。』

 という文章がぽん、と書いてある。私は奇妙な気持ち悪さともどかしさを感じ、次の行に目を移した。すると、

『何から逃げているのか、と聞かれたら。きっと答えることはできない。だって自分でもわからない。』

 という文が続いていた。不思議な世界観とリズムをその小説から感じた。どこか心地よく、どこか懐かしい小説の内容は、すっ、と体に溶けていくような感覚がした。


 私は読み終えた本を閉じると、不思議な読了感に浸っていた。結局、最後まで何から逃げてるのか、わからなかった。住んでいる町を抜けて、山を越えて、橋を渡り、どこまでも逃げた所にあった一つのコンビニに入って話が終わった。パッとしない終わり方だからこそ、気持ち悪さに混じった謎が妙に心を揺さぶっていた。

 手元を見ると表紙に載るツチノコが無邪気に笑っているように見えた。ツチノコ出てこなかったな、私はそう口にした。そして何故か、自分でも小説を書いてみようか、そう思った。この作者のように、自分の世界観を読者に伝えることが出来れば、きっと楽しい毎日だろう。


 本をずっと見つめると、今度は表紙のツチノコが私を嘲笑ってるように見えた。なんだかとても腹が立った。そして私は、その表紙を見ていて気付くのであった。さっきからツチノコの気配が無いことに。

 貴方いますか、そう言っても返事は無い。

 からかっているなら怒りますよ、そう脅しても返事は無い。

 私はツチノコを探した。家の中、近くの公園や商店街、近隣の林の中もくまなく探した。それでもツチノコは見つからなかった。どこまで探しても見つからなかった。

 それもそうだ。「探し求めている人には、決して見えないようになっている」のだから。それでも心の片隅で探してしまう自分がいた。私はこれからずっとツチノコを探し続けてしまう。

 それでいいのだ。見えなくとも、きっと近くにいるはずだから。その方が若者らしいじゃないか、と自分に言い聞かせ、空を見上げた。雲の間に除く三日月がクロワッサンに見えた。

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槌ノ子 秋冬遥夏 @harukakanata0606

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