美歌と美希が探し求めた幸せ

 美希と一緒に病室を出ると、後を追うように糸佳と真奈海もついてきた。二人も僕と同じ疑問を抱えていたのかもしれない。美希はそれを納得するかのように、僕ら三人を病院の屋上へと案内したんだ。外の空気は澄んでいて、間もなく夕日が落ちようとしている。空は一面の橙色に染まっていた。それほど高くもない京都市内の病院の屋上では、冬の到来を告げる強い北風が僕らの顔を叩いてくる。だけど風の冷たさはさほど気にもならず、僕らはそこにあったベンチに腰掛けると、美希は落ち着いた声でその話を始めたんだ。


「今お姉ちゃんの目が開かないのは、お姉ちゃんの心の問題なんです」

「心……?」


 美希は僕の聞き直しに、こくんと首を縦に振った。


「管理人さんのご指摘通り、AIが切り離されたタイミングであっても、本来ならお姉ちゃんは目を開いてないとおかしいのです」

「でもだったら、なんで……」


 ――どうして美希はこうなることを予測していたのだろう?

 今の美歌は美希の言う本来の姿とは程遠く、目を覚まさないでいる。ところが美希はこうなることを全て予測していたんだ。およそ一ヶ月前の手術直後には、僕に断りまで入れてきていた。『どんなことがあっても、お姉ちゃんを守ってください』と。

 そもそもの話、なぜこのタイミングで手術をする必要があったのか。美歌が自分を取り戻していたのであれば、その時点でAIチップを取り除いてもよかったのじゃないか。そんな疑問さえも湧いてくる。


「私が五月にお姉ちゃんと再開した時、時期を見てすぐにでもこの手術をしようと思ったんです。だけどそれは誤りだってことにすぐに気づきました」

「誤りって、何が誤っていたのですか?」


 今度は寒さで顔を赤くしていた糸佳が、僕より先に質問をしていた。諸々納得がいかないのは、僕も糸佳も真奈海も、全員一緒なのかもしれない。


「五月のあの頃、私がお姉ちゃんを拒絶するように、同時にお姉ちゃん自身も自分を拒絶してたんです」

「自分を拒絶……ですか?」


 だが返ってきた刃物のような鋭い言葉に、僕はただ呆然としてしまう。


「そうです。ようやく目を覚ましたばかりのお姉ちゃんは、またいつか同じように目を閉じてしまうかもしれない。ましてやAIであるもう一人の自分と入れ替わりを繰り返していたため、自分がここに存在しているということに自信を持てなかったように感じられました」

「そんな……」


 美希の推察に、糸佳も思わず言葉をつまらせてしまう。ただし美希の言うことも確かに一理あって、あの頃の美歌は自分に自信を持てないでいたようだった。『いつまた消えてしまうかもしれない』って、そんな風に口走っていたこともあった。自分が自分でいられなくなる時間をプラスに考えることができず、後ろ向きに、今自分がここで生きていることはあくまで人生のおまけなんだって、そう考えていたのかもしれない。どうせ真面目な性格の美歌のことだから、もしまた自分が消えたら美希が悲しむんじゃないかって、恐らくそんなことを考えていたのだろう。あまりにも愚かで、あまりに自己的な考え方だ。


「私はそんなお姉ちゃんにAIチップを埋め込んだことを悔やみました。お姉ちゃんの性格をもっと考慮すべきだったって。こんなことだったらあのまま寝かせてあげた方が、お姉ちゃんにとっても幸せだったんじゃないかって、そんな風に考えたこともあったくらいです」


 美希は下を俯いたまま、そう言葉を吐き出していた。馬鹿みたいな話でしょって、美希の顔はそう言ってるようでもあった。美希が本当にそう考えていたのだとしたら、姉も姉なら妹も妹だ。双子であるもう一人の自分のことを考えすぎるが故、本末転倒で、不条理な方向へと話が流されてしまう。

 そんなこと間違いだって、ちゃんと考えればすぐにでも気づけるはずなのに。

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