優一と瑠海と真奈海
「それに、別に今ここにいるわたしが誰であろうと、そんなの関係ないんじゃないかな」
「は?」
「『BLUE WINGS』の中だったらわたしより美歌の方が人気あるだろうしね」
「おい、誰もそんなこと言ってないだろ」
真奈海は少し口調を強めていた。何の根拠もなく自分を責め続けている。
やはり今日の真奈海はおかしい。……いやおかしいのはいつものことかもしれないけど、そのおかしさはいつもとベクトルが違っている気がする。何よりも、僕が大嫌いな真奈海だ。こんなの真奈海じゃないって、僕の知ってる春日瑠海ではないって、僕の心の奥底ではずっとそう叫んでる。こんな真奈海の姿、僕は見たくない。他の誰にもこんな真奈海を見せたくない。だってこんなの春日瑠海……いや、こんなのどう考えたって、春日真奈海じゃないだろ!
だけどさ――
「だからわたしみたいなポンコツアイドル、もう誰も追いかけたりしないって……」
「もうやめろよ!!」
半纏の下で、僕の左腕は真奈海の身体を抱き寄せていた。真奈海の身体はその瞬間だけ硬く感じたけど、僕がぎゅっと肩を強く抱くと徐々に元の柔らかい身体に戻っていった。より強く真奈海の体温が僕の身体に伝わってくる。それだけではなく、真奈海の心臓の鼓動も、僕の胸の高鳴りとともに速くなっていった。
「真奈海だっていつも頑張ってるじゃないか。だからそんなこと言うなって」
「今の美歌にわたしはとても勝てっこない!」
真奈海は叫んでいた。声にするとそれほど大きくはなかったけど、ただそれは真奈海の胸の一番内側から、その声がだだ漏れていたんだ。
てか真奈海のやつ、どうしてそこまで美歌のことを気にするのだろう?
「そんなことないだろ? 真奈海は真奈海なりにいつもちゃんとやってるじゃんか」
「ユーイチの言うわたしなりって何? いつもこんな風に弱音ばかり吐いてるわたしのこと?」
「違う。そんなの違う! いつも強がって生意気言って、それが真奈海じゃないのか?」
「強がりで生意気? 何それ最低だね! ユーイチから見えるわたしってそんな最低なの?」
「だから僕が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……」
「だったら何? ユーイチから見えるわたしって、いったいなんなのよ!?」
だけど僕はようやく、ほんの少しだけそんな真奈海に安心したんだ。
だって、本当に真奈海ときたらいつもこうなんだから――
「いいじゃないか。弱音吐いたって強がってみたって生意気言ったって」
「…………」
真奈海は僕の怒った顔を覗き込むように見てくる。だけど僕はそんな真奈海が……
「真奈海はいっつも面倒くさい。それが真奈海なんじゃないのか?」
「…………なによそれ」
真奈海は子供のように口を尖らせて、ぷんぷんとした態度を見せてきた。そんな顔を見せられたところで、僕は全く怖くない。だけど、ただそれ以上の感情が僕の中で渦巻いているように感じた。
「僕は、そんな真奈海らしい態度が好きなんだから」
だって、春日瑠海は僕の憧れなんだ。
いつもその飄々とした態度で観客を魅了してみたり、繊細さで洗練された些細な仕草で観客を笑わせて、泣かせて、そして勇気づけてくれて……
だけど僕の目の前にいる春日真奈海は、春日瑠海の弱いところだけを切り出したような女の子で、いつも意地が悪くて、いつもいたずら好きで、いつも面倒くさくて、それでいてすぐに弱音を吐く、そんな純粋無垢な少女だ。
それらを丸ごとひっくるめて、春日真奈海の魅力じゃなかったのか?
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