春日真奈海に似合う服

 映画を観終わった後、僕と真奈海はショッピングモールの喫茶店で、少し休憩することにした。真奈海はアイスコーヒーで、僕がアイスモカ。時間はもうすぐ十五時になろうとしていて、夏の日差しはまだ強く照らしてくる。真奈海の首筋には、汗の雫がすっと流れていた。


 映画を観る前、ショッピングモールで僕が選んだ服は、二着だった。黒いTシャツと、水色のワンピースのみ。真奈海は『もっと選んでよ~』などと言っていたが、そもそも真奈海が仕事で着る服は僕が選ぶことはできないし、だとするとそんなに多くを買っても、真奈海自身着る機会が少ないんじゃないかって。

 二着が入った紙袋を、真奈海は大事そうに胸に抱えていた。そんなに気に入ったのだろうか。アイスコーヒーを飲む際も、その袋を手放さないでいる。


「でもさ~。この服って、どっちかというと美歌に似合いそうな服だよね?」

「そ、そうか……?」


 が、突如思いもよらぬクレームが僕を襲い掛かってきた。でも、それは正直仕方ない。なぜなら普段は美歌とこういう店に出かけて、美歌が自分で選んでいるのを僕はそれに付き合わされているわけだから。女子高生が普段どんな服を選ぶのか、その教本はこれまで美歌しかいなかったわけだ。

 ま、そんな本音を言ったところで、確実に真奈海は拡大解釈してめんどくさいことになるだろうから、僕は言わないでおくけれど。


「まぁ~いいや。ユーイチが選んでくれたことには変わりないし」

「そんなに僕に選んでほしかったのか?」

「うん。だって、ユーイチとのデート用の服だもん!」

「…………」


 それにしても今日僕がどれだけひやひやしているのか、真奈海は本当に気づいているのだろうか。


「ね。それより、映画はどうだった?」

「……あ、うん。よかったんじゃないか? いつも通りで」

「ふ~ん……あれがわたしの『いつも通り』なんだね~」


 真奈海は笑顔のまま、僕を試すようにそんな風に返してくる。

 ……一体僕は、どう返すのが正解だったのだろう?


 映画は予想通り、ほぼ満席だった。探せば空席はあったのだろうけど、少し確認した程度では空席は見つけることができなかった。

 評価の方も、僕の耳を頼りにした限りではおよそ上々。観終わった後の映画館の通路でも、『春日瑠海めっちゃ綺麗だった!』とか『どうして女優やめちゃったんだろう?』とか、そんな声が至る所から聞こえてきたくらいだ。もちろん、他にも有名な役者さんは沢山出ている映画ではあるが、その中での注目は間違えなく、映画のメインヒロインである春日瑠海。確かにその演技力は座長としての貫禄が十分なほど備わっていて、そうした評価も十分納得できるものである。


 だからこそ尚更、隣に歩いている真奈海の正体がバレないのか、内面では冷や冷やしていた。真奈海は映画館の座席にちょこんと座ると、ずっと黙ったまま、僕の横でじっと自分の演技を眺めていた。それは、映画が終わった後も同様。しばらくは席も立たずに、僕に話しかけてくることもなく――

 僕がようやく声をかけると、真奈海はやっと我に返ったように席を立ったんだ。


 真奈海の瞳に映る春日瑠海とは、一体何者なのだろう?

 そうした疑問は少なからず、僕の脳裏に深く刻まれていた。


「それより……本当に良かったのか?」

「え、なんのこと……???」


 だからこそ僕はどうしても気になって、その本題を真奈海にぶつけたんだ。


「真奈海、本当は女優をもっと続けたかったんじゃないのか?」

「…………」


 普通の女子高生になりたい……そう願って始めた、アイドルの春日瑠海。

 だけどそれは、本当に真奈海が目指した姿だったのだろうか……?

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