藪の中で光らない光
『解散』――
誰もが言葉を失って、誰もがお互いに目を背けてしまう、そんな言葉。
でも『BLUE WINGS』のメンバー三人の反応は、その言葉の意味に気づいていたようだ。
もちろんそれは、真奈海さんも含めて。
「ど、どういうことですかお母さん!!?」
一番驚いていたのは糸佳ちゃんと管理人さん。そして、あたしだ。
「実はね……」
「社長。そこは私からちゃんと説明させてください」
文香さんが話そうとしたところ、横からすっと止めたのは千尋さんだった。
「ええ……そうね。任せるわ」
千尋さんは息を整えると、その理由をゆっくりと語り始めた。
「私ね、音大を受けようと思うの」
「音大!?」
まず最初に反応したのは管理人さんだった。
「うん。音大の、ピアノ科」
「そういえば千尋さん、ピアノめっちゃお上手です!!」
次に糸佳ちゃんが反応した。糸佳ちゃんは千尋さんのその実力を知っているようだ。
「ありがと、糸佳ちゃん。だけど、私が音大に入るにはもっと実技の練習をする必要があってね……でも、練習するにもどうしても、時間が足りなくて……」
それからは皆、黙って千尋さんの話を聞いていた。一人くらいは何か言いたいことがある人もいたかもしれない。でもそれは、表に出ることはなかったんだ。
「千尋から相談を前から受けていたの。それでも、せっかくのアイドルデビューのチャンスだし……って、私がここまで話を引っ張ってしまっていたのも事実ね」
そこに文香さんがそう補足を入れる。
「だけど……解散の理由はそれだけじゃないわ」
「え、どういう意味ですか? お母さん……」
糸佳ちゃんの反応には見向きもせず、文香さんの視線は胡桃さんの方へと向く。
「もう一つの理由は、胡桃。あなたの方よ?」
「……うん、わかってる……」
突然話を振られた胡桃さんだったけど、それは予想されていたものらしい。あたしにだってその理由はなんとなくわかる程なのだから、当然のことかもしれない。
「『White Magicians』――胡桃と茜の二人の相性が当初の予想をはるかに超えるほど良くて……事務所社長である私としては、胡桃にはそっちに専念してほしいということ」
「え、文香さん……それって……」
管理人さんが信じられないというような目で、文香さんを見る。まるで咎めているかのような、そんな視線にも感じられた。
「冷たい言い方に聞こえるかもしれないけど、これが事実である以上どうしようもないのよ」
冷たい言い方――それは一体誰にとっての言葉なのか、文香さんは敢えて言わなかった。もちろんそれは、管理人さんにもしっかり伝わってしまっただろう。
その当人は下を向いたまま、まだ黙ったままだったけど。
「だから……『BLUE WINGS』はこれで解散。八月にもう一回ライブの予定を入れるつもりだけど、きっとそれが最後になるわね……」
――でもさ。
そんなの……それは事実だったとしても、さすがにあんまりだよね……
「この件をここまでずるずる引きずってしまったのは、私の責任でもあるわ。もう少しうまくやる方法だっていくらだってあったはずなのに……」
「…………」
「今日のライブだってみんなをここまで悩ませてしまったのは私のせいでもあるわ」
だけど……そんな冷酷な判断を下すのも、きっと社長である文香さんの仕事なのかもしれない。その言葉の一粒一粒に、そのような配慮が伺えた。もちろん冷酷ことを言ってるのは事実だ。
でも……。
「だから、ごめんなさい……」
文香さん――社長は謝罪した。
誰かに伝わるか、誰かに伝わればそれでいいのか……。そんな謝罪にも思えた。
「……ふふっ。社長、らしくないですよ?」
が、そんな文香さんを見かねたように、真奈海さんは笑い飛ばしたんだ。
「真奈海ちゃん……?」
まるでそれは、真奈海さんが文香さんを救おうとしているかのような顔でもあり……。
「今日のライブはわたしが次の曲のタイトルを言い間違えただけじゃないですか~」
真奈海さんは何もかも吹き飛ばすかのように、笑いながらそんなことを言うんだ。
それは一体、どんな気持ちから湧いてくるものなのだろう……?
「だってそれ、ネットでも特に話題になってたりしませんよね?」
「…………」
「当然気づいた人もいるかもしれないけど、そんなの些細な事だよね、ユーイチ?」
「え……? ……あ、ああ」
唐突に話を振られた管理人さんだったが、なんとかその受け答えをしていた。確かにそこまでネットで話題になることもない、真奈海さんの些細なミスと言われればその通りかもしれない。
でもそうは言うけど、真奈海さんにとっては……。
「だから今日のライブについてはそれでいいですよね、社長?」
「え……?」
真奈海さんの態度に、文香さんでさえ思わず拍子抜けしてしまったようだ。
「解散の理由だって仕方のないことだし、わたしがアイドルをクビになるって話でもないですよね?」
「真奈海……まさかあなた……」
すると文香さんは何かを言いかけたが、それを最後まで言うことはなかった。
話の流れは完全に真奈海さんのペースだった。誰一人返す言葉もないとでもいうのか、その飄々とした真奈海さんの態度に隙らしきものはどこにも見当たらないんだ。
「だから社長? わたしの新しいパートナーを探してくれるの、待ってますから」
そして最後に真奈海さんがそう零すと、その瞳が一瞬輝いて見えたんだ。
なにをどう受け止めて、なにがどこまでが正しいのだろう。
屈託のない真奈海さんの顔に、あたしたちはただ話と一緒に流されて――
それはまるで、女優春日瑠海の世界に、喫茶店『チロル』ごと迷い込んでしまったかのようでもあった。どこにも出口が見当たらないまま、時間だけが過ぎていく。無数の木々に囲まれて、暗い暗いその世界には真っ白い霧が立ち込めている。ライトで照らし出そうにも光は土の中へと吸い込まれてしまい、周囲は何も見えなくなってしまう。
自分たちはどこへ向かおうとしているのか、どこへ向かえばいいのか――?
ようやく我に返ったとき、目の前から忽然と真奈海さんの姿が消えていたんだ。
暗闇の世界に、雲隠れしてしまったのか……。
「ねぇ優一君……頼みがあるんだけど……いいかな?」
「……は、はい……?」
それはあたしだけではなく、文香さんや管理人さんも同じ状況だったようで――
「真奈海ちゃんのこと、任せたわよ……?」
「あ、はい……」
文香さんは管理人さんに、そう頼んでいたんだ。
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