そして唐突の……

 ショッピングモールを舞台にした今日のライブは、つつがなく終了した。

 動画配信もあったせいか、ネットでライブを楽しんでいた人も多くいたようだ。コメント欄にずらりと並んだ評価もおよそ上々。千尋さんの美しい旋律、胡桃さんの迫力のあるボイス、それらを称賛した声を読んでいっても、ライブは成功と言って間違えはないだろう。


 だけど……。

 気のせいだろうか? 春日瑠海に関するコメントは、あまり多くない。

 確かにいつも通りのコメントなら、いつも通り並んでいる。でも……


 ――ううん。もちろんそれは、気のせいじゃない。

 その理由だって、きっとみんなわかっている。


 ショッピングモールで撤収作業を終えると、あたしたちは龍太さんが運転する事務所のワゴン車でチロルハイムへと戻った。その間あたしの隣の席に座っていた真奈海さんは、流れていく窓の外を黙ったままじっと見つめていた。高速道路を走っていたせいか、その景色は流れるばかりで何もわからないほどだったけど、その光景をただぼんやりと眺めていたんだ。


 車がチロルハイムに到着すると、糸佳ちゃんが電動ミルで人数分のコーヒーを淹れ始めた。チロルハイムの住民の他に、文香さんと龍太さん、そして『BLUE WINGS』の千尋さんと胡桃さんもいる。だから全部合計八人分。これだけ大人数の場合は、糸佳ちゃん自慢の喫茶店『チロル』オリジナルブレンドの出番だ。糸佳ちゃんがアフターミックスで配合しているらしいけど、何と何をどの割合で混ぜ合わせているかについては、糸佳ちゃん曰く『企業秘密です!』とのこと。後味がすっきりとしたまろやかなコーヒーだけに、疲れた時に一杯戴くと、至福のひと時を味わえる。


 誰もが無言のまま、糸佳ちゃんのブレンドコーヒーを戴いていたんだ。


「ごめんなさい!! 私の、せいですよね……」


 ようやくそこで口を開いたのは、千尋さんだった。千尋さんがいつもよりもやや大きめの声で、謝罪の言葉を口にした。

 だけどそんな千尋さんに対して、やはり誰一人反応しようとしなかった。皆がお互いに顔を逸らしつつ、千尋さんを肯定する人も否定する人もここにはいない。


 でも、だけど……元はと言えば……さ……


「すみません……あたしのせいです! あたしがちゃんと台本を書けなかったばかりに、『BLUE WINGS』の皆さんにアドリブを押し付けてしまって……」


 そう。この最初のきっかけを作ってしまったのは、あたしの方だ。

 あたしは素人同然の今日のライブの台本を書いた。だけど思うように出来上がらなくて、結果として今日の台本はアドリブだらけ。『BLUE WINGS』の三人には負担をかけすぎてしまった。そのせいで真奈海さんは、二曲目のタイトルを紹介するはずが、三曲目のタイトルを誤ってコールしてしまったんだ。

 そのミスのせいで、観客には三曲目のタイトルまでバレてしまう。だけどその引き金を引いていたのは、あたしの方なんだ――


 そんなあたしに対しても、肯定の言葉も否定の言葉もなく、再び『チロル』に沈黙が訪れる。またしばらく、重苦しい空気が流れた。そんな空気を見かねてか、次に沈黙を破ったのは、事務所社長の文香さんだった。


「二人とも。一旦そのくらいにしておいてもらえるかな」


 やはり救いでも、咎めてもいない、何でもない言葉。


「でも、あたしは……」

「その前に私が、ちゃんと話しておかなきゃいけない話があるわよね」


 文香さんはほんの少しだけブレンドコーヒーを口へ運び、息を整える。

 そして――


「『BLUE WINGS』だけど、一旦、解散しようと思うの」


 そこに出てきた単語は衝撃の『解散』という……

 それは、あまりにも重すぎる、単語だったんだ。

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