間違いだらけの台本
「てかルミ。いつまで黙っているのよ?」
「……え? あ、別にただ黙ってただけのつもりはないですよ? ……おばさん?」
「ふぇ~ん、クルミ~! ルミまでおばさん扱いしてくるよ~!!」
「いやだからさっきからあたしたちはおばさんだって言ってるよね?」
「私とクルミだって、今でも現役バリバリの女子高生だよね~!??」
実際、千尋さんと胡桃さんは高校三年生。真奈海さんやあたしたちとは、一学年上なだけ。茜さんこそあたしたちより一つ年下の高校一年生だけど、そんな二歳程度でおばさん扱いされるとか、アイドルの世界もなかなか厳しいよね。
もっともこれも演出の一つ。会場は普通にウケているし、元々『BLUE WINGS』はデビュー以来こういうスタンスでやってきた。まぁこの部分だってあたしが台本が書いた箇所ではないけど、あたしが勇気を出して書いていたとしても、こういうストーリーになったかもしれない。……って、茜さんいつも堂々とこんな台本を毎回書いていたわけだ。あたしには当分真似できそうもないよ……。
「チヒロ? 大丈夫ですよ。わたしたちいつだってこんな風に『BLUE WINGS』を続けてきたじゃないですか~」
「確かにルミの言うとおりだけどさぁ~……私たちのライブっていつも酷いよね」
笑顔に満ちた春日瑠海のフォローなのかツッコミなのか、どっちとも取れる台詞が炸裂する。何度も言うようだけれど、この部分はアドリブパートだからね、あたしこんな台本一ミリも書いてないからね!!
「だからチヒロ、これからも……」
「でもルミの言う通り、デコボコメンバーな『BLUE WINGS』だったけど、こんな一曲歌った程度でバテたりするような私たちじゃなかったわね」
「……う、うん」
『BLUE WINGS』の実質リーダー的存在とも言える千尋さんが、ここで改めて喝を入れる。その言葉に真奈海さんも笑顔で返そうとしていた。
「だからルミ。そんなしょぼたれた顔してないで、これからもしっかり『BLUE WINGS』を続けていくんだよ?」
「…………え?」
そして千尋さんは、真奈海さんに対してそんな言葉を返したんだ。
最後は疑問形で終わるその言葉に、どこか違和感だけがすっぽりと残ってしまい……。
――いや、観客にその違和感は伝わっていないかもしれない。
でも、いつも傍で真奈海さんを見てきたあたしには……。
「よっしゃ~! 次の曲も張り切って歌っちゃうからね~!!」
「うん! ルミ。次の曲のタイトル、よろしく!!」
胡桃さんと千尋さんはそう言いながら、次の曲、二曲目『Ambitious』のスタンバイを始める。真奈海さんはどこか間の抜けた表情で……ううん、千尋さんにタイトルを要求されると、いつもの春日瑠海に戻り、次の曲のタイトルをコールした……
「それでは次の曲、『Egotistically』。聴いてください」
そして三人は何事もなかったように伴奏に合わせて、ダンスを披露し始めたんだ。
――その瞬間、糸佳ちゃんは信じられない表情を浮かべながら、次の曲の伴奏を流し始めていた。糸佳ちゃんだけじゃない。管理人さんも、あたしも。スタッフが集まる舞台裏では、その時間だけがすっぽり抜け落ちしてしまったかのような、そんな空気が流れ始めている。
唯一、文香さんだけは頭を抱えて、その起こるべきして起きてしまったトラブルを、冷静に受け止めようとしていたけれど。
まさか―― あの百戦錬磨の春日瑠海が、次の曲のタイトルを間違えるなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます