突然の暗転

「は〜い。チヒロ、クルミ。そろそろ退場のお時間ですよ〜」

「「人を除け者扱いするな〜!!」」


 なんていう冗談をかましながら、千尋さんと胡桃さんに当てられていたライトがぱっと消え、二人はそのまま舞台袖へフェードアウトしていく。舞台に残されたのは、あたしと瑠美さんだけ。少し静かになった舞台の上で、瑠美さんはあたしをエスコートしてくれた。


「さて、初めての方もいらっしゃると思うので、まずは自己紹介をお願いします!」

「あ、はい。……未来みくです! 主にバーチャルワールドで歌ってます!!」


 あたしが自己紹介をすると、会場からは『お〜』という歓声が起きた。どよめき声が多数をしめてはいたけど、中には『ミクちゃ〜ん』などという声援もわずかながら飛んでいる。スクリーンに映し出されているのはVTuberとはいえ、なんだか少し照れてしまう。


「ふふっ。今日も未来ちゃん、緊張してるね?」

「あ、いや……ごめんなさい……」

「未来ちゃんは普段こうやってみんなの前で歌うことはないもんね?」

「はい、主にひとりで歌ってることの方が多いものですから……」


 この辺りのMCは完全にアドリブ。たぶんその方が素の美歌さんが出て面白いだろうって、真奈海さんが茜さんに提案したんだとか。


「とりあえず、歌おっか」

「あ、はい。……瑠美と未来で、曲名は『Distance』。聴いてください」


 あたしはそう曲紹介を行うと、一旦目を閉じた。それから間もなく曲のイントロが流れ始め、もう一度ぱっちりと目を開く。まずはあたし自身の歌を出し切ろうって、そう心に決める。


 瑠美さんと歌うこの曲は、作曲が糸佳ちゃんで、作詞がAkkieあっきーさん。糸佳ちゃんが言うには、Akkieさんが書いた詞を元に、曲もそれに合わせて書いたとのこと。つまり、この曲の構想をつくったのは糸佳ちゃんではなく、恐らくAkkieさんの方だ。

 曲名を日本語に訳すと、『距離』ってところか。その名の通り少し切なさが残るポップスで、それを乗り越えようとする力強さが魅力的な歌だ。さらに糸佳ちゃんの手によって、真奈海さんとあたしの特徴が活きるよう、見事に曲がアレンジされている。


 ただし、この曲はあたしの舞台ライブデビュー曲でありながらも、あたし自身のイメージとは少し違う、別の何かを感じていた。どちらかというとこの曲は――


 この曲のベースになっているものは、きっと、真奈海さんの気持ち。

 だからあたしの曲というよりは、瑠美さんの曲と言ったほうがどこかしっくりくる。真奈海さんの意味するところの『距離』と聞くと、どこかドキッとしてしまうものを感じるけれど。


 一曲目を歌いきるのは、あっという間だった。

 ここ三週間、ずっとつきっきりでダンスを教えてくれた真奈海さんに感謝しながら、あたしは無我夢中で歌っていた。歌い終わった後の歓声が真っ直ぐ耳に響いてきて、すごく気持ちいい。


「さっすが未来ちゃん! ほんといつも素晴らしい歌声だよね〜!」

「瑠美さんこそ。あたし、瑠美さんの勢いに飲まれちゃんうじゃないかって」

「そんなことないよ〜。みんなもそう思うでしょ〜?」


 肯定を示す声があたしの耳にもしっかり届く。あたしはそれを笑顔で返した。

 なんだか本当に夢を見ている気分だ。


 ……でも、本当の勝負はここから。

 二曲目は瑠美さんもいなくて、あたし一人で歌う。でもその二曲目の意味はそれだけではない。それに託された意味を考えると、何とも言えない不安があたしを襲ってきていた。


 ――あれ???


「さて、次は未来ちゃんに、ソロで歌ってもらいま〜す!」

「…………」

「未来ちゃん、準備はいいですか〜?」

「…………」


 声が……出ない……?


「……あれ? ちょっと、回線トラブルかな〜?」


 あたしの異変に、真奈海さんもすぐに気づいたようだ。真奈海さんはなんとか場を繋ごうと試みているようだった。……が、これが真奈海さんの言う通りただの回線トラブルだとすると、少し様子がおかしい。

 なぜなら、あたしが右を向こうとするとVTuberのあたしは左を向くし、困った顔をアピールしようとすると、VTuberのあたしは小さく透き通るような笑みを、ずっと返しているからだ。

 つまりこれは回線が落ちているというわけではない。むしろちゃんと繋がってる。


「おい美歌。どうした、大丈夫か?」


 心配する管理人さんの声がイヤホン越しに聞こえてきた。あたしは返事をしようにも、まともに声すら出せない状態。


 ひょっとして、これって――


「次の曲は、大好きな人に想いを伝えたくて……ただ、なかなか本音を伝えることのできない、そんな少女の想いを込めた曲になります」


 あたしの声が聞こえてきたのは、その時だった。

 その声はちゃんと会場へも伝わっている。

 あたしの声に反応して、会場がしんとなる。

 ――でも、この台詞は、あたしの台詞ではない。


「……ううん。少し違う。その少女が伝えられなかった想いを、もう一人の別の少女にもちゃんと理解してもらうため。それを、託された曲でもあります」


 ……え。どういうこと……?


「だからここは、ミカではなく、ミクが歌います」


 あたしの静かな声で、あたしに訴えるような声を、あたしは聞かせてくれる。


「……あれ? 未来さん……だよね?」

「…………」


 瑠美さんはとっさに声をかけてきたけど、あたしはそっと笑顔を返したのみ。

 だけど、そんなあたしの様子をちゃんと判断したのか、真奈海さんは何事もなかったかのようにその場を繋ぐ。会場はやや困惑ムードが広がっていて、ぽかんともした反応も存在している。


 ――ひとつ。さっきまで瑠美さんは、あたしを『未来ちゃん』って呼んでたはず。


「瑠美さん、皆さん。それでは、歌います」

「……うん、わかった。それでは、今度こそ歌ってもらいましょう〜」


 瑠美さんは笑いを堪えきれなくなったような顔で、あたしを迎え入れていた。


 あたしの頭の中はまだ混乱してるけど、こうなった以上、彼女に任せるしかない。

 正真正銘の、本物の『未来』に――


「曲名は、『きみともうひとりのわたしへ』です。聴いてください」

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