反芻される想い
「はぁ〜。さすがにオープニングから三曲続けてとか、大変だったよ〜」
「大丈夫よクルミ。それ、クルミだけだから」
「ですよね〜。わたしたち放ったらかして他の子とデビューしちゃったわけだし〜」
「あの〜、チヒロはともかくとしてさ。……ルミ、ひょっとして妬いてる〜?」
「ないない。だれがアカネなんかと!」
『BLUE WINGS』が全二曲を歌い終わり、相変わらず無茶苦茶なMCで会場は笑いの渦で大盛り上がりになっていた。それもそのはず。元々春日瑠海と蓼科茜はドラマで共演することも多く、しかもそのほとんどがお互いライバルという立場の役柄だ。そのため瑠海さんと茜さんは、実際に仲が悪いんじゃないかとか、視聴者としてそんな風に見る向きも多い。恐らくこれは、そんな世間の評判を見越しての台本だ。しかもこの台本を書いてるのが茜さんだったとなると……いや、本当にそれどうなんだろ。
そして、いよいよ間もなく千尋さんと胡桃さんは退場し、あたしの出番となる。
「美歌さん。イトカの歌、よろしくお願いしますね!」
「うん。わかった!」
移動しようとするあたしに、声をかけてくれたのは糸佳ちゃんだった。
あたしはVTuberでの出演だから、移動する先は舞台の上ではなく、糸佳ちゃんや管理人さんがいるコントロールルームの隣の部屋。だからあたしは一旦、管理人さんと一緒にコントロールルームに来ていたんだ。
「イトカの歌はちょっとしたサプライズなんですから、美歌さんと言えど失敗は許しませんよ!」
「ふふっ。わかったって。任されました!」
糸佳ちゃんは冗談なのか本気なのかわからないような言葉を、笑いながら投げてくる。こうなるとあたしの責任は重大だよね。思わず小さな溜息が漏れてしまった。
「なぁ糸佳。何の話をしてるんだ?」
「鈍感なお兄ちゃんには絶対にヒミツです! 教えてあげません!!」
「なんだよそれ……」
あたしが扉を開けてコントロールルームを出ようとする時、そんな会話が背後から聞こえてきた。『鈍感なお兄ちゃん』と糸佳ちゃんは言うけど、本当にそのとおり過ぎて正直返す言葉もない。管理人さんの気持ちだって当然あるのだろうけど、これじゃあ糸佳ちゃんがあんまりだもん……。
さてと。あたしもスタンバイしなくては。
あたしは隣の部屋で一人、モーションキャプチャーを付けながら、ずっと考え事をしていたんだ。……黙々と……ひとりで……。
真奈海さんの気持ち、茜さんの台本、糸佳ちゃんの本音
そして、管理人さんが出すべき答え――
『あれあれ? 美歌さん、そんな顔するんですね?』
――え。……あれ? これ、誰の言葉だったっけ?
『そんな顔をするってことは、今はAIじゃない方の美歌さんですね?』
『美歌さん、まるで五年前のイトカです……』
あ、そっか。糸佳ちゃんの言葉だ。
でも、なぜ今この言葉があたしの脳裏に出てきたのだろう……?
「美歌さん。スタンバイできました?」
イヤホンから、糸佳ちゃんの声が聞こえてきた。この声は、あたしと糸佳ちゃん、そして管理人さん、ステージの上にいる真奈海さんに聞こえている。
「あ、うん。こっちはもう大丈夫だよ」
「それじゃあ真奈海ちゃん。進行の方をお願いします!」
真奈海さんはステージの上にいるため、もちろん返事はない。だけど真奈海さんならその辺りは抜かりないはず。糸佳ちゃんや管理人さんだってすっかりこの世界に溶け込んでいる人たちだから、真奈海さんの進行に合わせて、問題なく進めてくれるだろう。
仮に問題があるとしたら、あたしの方だ――
「うおっ。出たな〜! 幽霊少女っ!!」
「だからクルミ? それ、隈なく動画サイトチェックしてる人じゃないとわからないから」
胡桃さんと千尋さんの声と共に、会場からはどよめきが起きていた。理由は、胡桃さんが言うところの『幽霊少女』が、『BLUE WINGS』三人の背後にある巨大スクリーンに、忽然と姿を現したからだ。
それこそがあたし。あたしといっても、VTuberのあたし。
そんなあたしのことを『幽霊少女』だとか――
茜さん。上手い例えだよね……。
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