七夕の願いごと

 舞台の上では、茜さんと胡桃さんが二人のデビュー曲『Innocence Love』を歌い終わっていた。そこへ『BLUE WINGS』の胡桃さん以外のメンバー、瑠美さんと千尋さんが加わり、再びMCが始まる。


「アカネちゃん、すっご〜い。歌うまかったね?」

「アカネ? あんたいつの間にそんな練習してたのよ?」

「ちょっと先輩たち? 私たち、まだ自己紹介すらしてないんですけど!!」


 フライング気味に登場した瑠美と千尋に、茜がツッコミを入れる。そういえば『BLUE WINGS』のMC台本って、いつも瑠美さんの毒舌台本が売りだったよね……。


「私たち、クルミとアカネで……」

「「『White Magiciansほわいとまじしゃんず』です!!」」


 茜と胡桃の息の合った自己紹介に、歓声が一斉に湧いていた。

 その歓声が一旦静まったのを見計らって、瑠美は次の台詞を――


「そっか。じゃ〜自己紹介が済んだようだし、そろそろわたしたちが次の曲を……」

「ちょっと待った〜! ルミさん、今日が音楽デビューの私にめっちゃ冷たくないですか!?」

「ねぇ〜ルミ〜。お願いだからもうちょっとだけMCで繋いでもらえる〜?」


 とっとと茜の退場を願う瑠美に、再びツッコミを入れる茜と胡桃。その様子に、会場は笑いに包まれていた。というより胡桃さんはまだ歌い終わったばかりで、本当に息が上がっている。さすがにまだすぐに次の曲というわけには実際いかなそうだ。

 それにしても……『BLUE WINGS』の瑠美さんって、いつもヒール役に近い役回りばかり演じているけど、それに引き換え茜さんは、可愛らしいノリツッコミ役でいくようだ。なんだか開演前に見た茜さんの性格とはだいぶ異なってるように見えるんだけどな……。


「さすがだな、茜さん。会場をうまくリードしてる」

「そうだね……」


 まだ出番ではないあたしと同じように、少し暇を持て余し気味の管理人さんが、あたしに話しかけてきた。そういえば今日の管理人さんはライブ配信がないから、あたしのVTuber担当でしかないんだよね。


「僕もさっき聞いたんだけど、あのMC台本、茜さんが毎回書いてるんだってさ」

「茜さんが!??」

「そう。これまでの『BLUE WINGS』のMC台本も、全部……」

「…………」


 ……なんだろ。今まで観てきたライブのMCって、文香さんの策略に満ちたMC台本のように感じていたけど、それを聞いた瞬間、実は別の意図が含まれてるように思えてきたのは、気のせいだろうか?


「でもなんだか、真奈海も楽しそうだな」

「え、そう……かな?」


 管理人さんの視線の先は、春日瑠海の方へと向いていた。


「僕にとって女優の春日瑠美は特別な存在だったけど、それはアイドルになっても変わってないなって、本当にそう思うんだ」

「ふ〜ん……」


 その管理人さんの話を、あたしはただぼおっと聴いている。


「今日だってそう。ライバル視されてる茜と一緒の舞台に立って、なんだかいつも以上に輝いて見える」

「…………」

「それは、女優でも、アイドルでも、何も変わらないんだなって」


 ただもやもやしていたあたしの気持ちは、どうしても抑えきれなくなって――


「……ねぇ、管理人さん?」

「ん?」


 そして、話を遮るように、あたしは聞いたんだ。管理人さんは何気ない顔であたしを見てくる。あたしは一瞬どきっとしたけど、すぐに冷静になれた。


 ――だって、そういうところだよね。


「糸佳ちゃんと、仲直りできたの?」


 管理人さんのいいところで、悪いところは――


「え……?」

「糸佳ちゃん。先週ずっと辛そうだったし、管理人さんひょっとして……」

「ちょっと待てって」

「…………」


 だけど恐らく管理人さんは……


「僕と糸佳、そもそも喧嘩なんかしてたか?」


 ……ほら。やっぱり。


「やっぱし、自覚してなかったんだ……」

「…………ごめん」


 そして、すぐにそんなことを言う。


「あたしに謝っても仕方ないことでしょ?」

「わかった。糸佳に……」

「お願いだから止めてあげてよ!!」


 ほんと、なんにもわかっていないくせに――


「今の管理人さんが糸佳ちゃんに何か言っても、それは逆効果だよ」

「え……?」

「そんなことしたら、糸佳ちゃんが傷つくだけだもん」

「糸佳が……傷つくだけ……?」


 管理人さんは道に迷ってしまった野良犬のように目を丸くして、あたしをじっと見つめていた。だけどあたしはこの野良犬をあるべき場所へ導いてあげるつもりは、全くない。


「なんで糸佳が傷ついて……」

「それは管理人さん自身が考えなきゃ、たぶん何も解決しないよ?」


 だって、糸佳ちゃんの気持ちを考えたら、あたしは……


「糸佳ちゃんは、管理人さんの気持ちを待ってる。それがないのに糸佳ちゃんに声かけたところで、何一つ解決するわけない!」


 今日だって糸佳ちゃん、音響エンジニアとしてずっと頑張ってるわけだし――


「だからね管理人さん。まずは糸佳ちゃんの本当の声を、聴いてあげてくれないかな?」


 だって、糸佳ちゃんの気持ちはずっと変わっていないはず。

 あの五年前の鎌倉のときから、ずっと――


『だからお兄ちゃんをぎゃふんと言わせてやるんですよ!!』


 あのとき糸佳ちゃんは、笑いながらそんな風に言ってたんだから!!!


「美歌さん、優一くん。そろそろスタンバイして!」


 文香さんの声が耳に響いてきた。舞台の上は何一つトラブルなくプログラムが進んでいて、茜さんが退場し、今は『BLUE WINGS』の三人が歌っている。

 あたしの出番は、『BLUE WINGS』が二曲を歌い終わった後だ。千尋さんと胡桃さんが退場した後、あたしと真奈海さんでデュエットを歌う。そしてその後は真奈海さんだけが退場し、あたしひとりで歌うことになる。


 その曲こそが、糸佳ちゃんが管理人さんのために作詞・作曲した歌。

 切なくて、やりきれなくて、そんな糸佳ちゃんの想いを、あたしは代弁するんだ。

 このわからず屋の管理人さんのために――


 管理人さんは俯いたまま、考え事をしているようだった。今は声をかける代わりに、あたしは管理人さんの肩をそっと叩いて、小さな笑みを返してあげる。とにかく『頑張ろう』って。あたしの意図がちゃんと伝わったかわからないけど、管理人さんはあたしに少しだけ、頼りない笑顔を返してきた。


 お願いだから、少しだけでも、糸佳ちゃんの気持ちが管理人さんに届くといいな。

 今日は、七夕だもんね。


 ……あたし、ちゃんと歌うことが、できるのかな?

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