短冊の中の想い

スタンバイ、全員集合!……?

 七月七日。あと十五分ほどで、二十時になろうとしている。

 間もなく、七夕ライブのスタートだ。


 ステージの背後に大型スクリーンが設置された七夕ライブの会場には、大勢の客が押しかけている。たしかこの会場のキャパシティは、文香さんが二千人程度と答えていた気がする。事務所の歌手グループが一同に介する今夜の七夕ライブは、毎年恒例のお祭りなんだそうだ。

 あたしにはその二千人という人数が多いのか少ないのかよくわからない。文香さんの話では、毎年なんとか会場に人が埋まる程度とのこと。よく話に出てくる武道館とかなんとかアリーナとかだと一万人を超える集客が必要になるらしいのだけど、そう考えると今回のライブは決して規模の大きいものではないのだろう。


 が、そんな事務所では毎年恒例のライブイベントであるけど、今年は例年の空気とは全く異なっているらしい。一般チケットも発売後に即完売となり、その注目度の高さが窺い知れる。糸佳ちゃんは『一般販売前にチケットをバラ撒きすぎたんじゃないですか?』と文香さんに聞いていたが、事務所社長の文香さんは首を横に振った。その呆れた視線を、一人の女子高生に送りながら――


 そう。今年の七夕ライブの最大の目玉は、間違えなく、春日瑠海だ。


「想像はしてたけど、例年と全く客層が異なるわね……」


 客席の様子を舞台袖からちらりと確認した文香さんは、小さな声でそう呟いた。


「そんなにいつもと違うんですか?」

「ええ。若い客、特に女子学生が多いわね。さすがにこんなの初めてだわ」


 あたしは文香さんの回答を、なんとなく納得しながら聞いていた。それというのも今日出演する歌手グループが、そのヒントにもなっている。毎年のようにこの七夕ライブに出演している常連の歌手グループの方々は年齢的にも二十歳を超えていて、そのファン層も学生ではなく、社会人が多い印象だ。

 対して、今日多く集まったという女子学生というのは、恐らくその目当ては春日瑠海、もしくは『BLUE WINGS』といったところだろう。春日瑠海といえば全年齢層にファンが多くいるものの、とりわけ特に同年代の女子から圧倒的な人気を誇っている。あたしだってその理由は、十分なほど理解できる。その美貌、雰囲気、カリスマ性は、女子高生の憧れの的なんだ。『BLUE WINGS』の千尋さんや胡桃さんだってその性格柄のウケがよく、あたしのクラスメイトの友人も皆その魅力に取り憑かれている。


 ただし―― 今日の七夕ライブの注目株は、実はそれだけではなかったんだ。


「まったく。春日瑠海の歌なんて、どこがいいのかしら?」


 そんなか細く低い小さな声が、あたしの背後から微かに聴こえてきた。


「あ、あの〜……あかねさん??」

「私は瑠美よりまだあなたの歌唱力のほうが上だと思いますけどね。未来みくさん?」

「あたしは……美歌なんだけどなぁ〜……」


 黒髪のツインテールと、月のように真ん丸の瞳が印象的な女子高生、蓼科茜たてしなあかね

 今日のライブで歌手デビューをする女子高生だ。年齢はあたしたちより一つ下だった気がする。確か、高校一年生。そう女子高生向け雑誌で読んだことがある。

 茜さんはこれまで真奈海さん同様、女優業中心で活躍していた。その演技力はかなり注目を集めていて、今春日瑠海が出演している学園ドラマでも、準主役級の活躍だ。役柄は、瑠美扮する女子高生のライバル役。……あたしのクラスメイトの誰もが『適役じゃん!』と言っていた。


 そうなんだ。実際、事務所でも春日瑠海と肩を並べる程度の演技力の持ち主。春日瑠海が女優休業宣言をした後は、『ポスト瑠美』筆頭と関係者から目されているらしい。それくらいのオーラもカリスマ性も兼ね備えている。


 そんな茜さんが、今日歌手デビューする。もちろん既に告知済み。

 今日は彼女目当ての観客だって、間違えなく存在するだろう。


「その強気な言葉、是非今日の舞台の上で証明してほしいわね」

「社長、そんなの言われなくてもわかってますよ」


 小さく笑う文香さんの瞳からも、茜さんに対する期待が伝わってきた。

 今日茜さんが歌うデビュー曲は、糸佳ちゃんが作曲したもの。そして作詞は、Akkieあっきーという方らしい。それを『BLUE WINGS』の胡桃さんと一緒に歌うことになっている。茜さんはソロデビューを期待していたらしいけど、文香さんが『まだ百年早い!』と静止し、胡桃さんに『一緒にお願い』と頼んだんだとか。

 それにしてもAkkieという作詞家さん、糸佳ちゃんの作った曲でもよく聞く名前だ。事務所の関係者ではあるらしいのだけど、結局あたしもまだ一度も会ったことないんだよな。


「まぁ今日のトップバッターなんだから、気楽に頑張ってよ〜」

「うっさい春日瑠海! なんで私があんたの前座なのよぉ〜!!」


 ようやく準備を終えた真奈海さんが舞台袖にやってきたかと思えば、挑発とも励ましとも取れる態度で、茜さんに話しかけていた。まぁ茜さんの方はその言葉を挑発にしか受け取っていないようなんだけどね。ただ真奈海さんを前にした茜さんは、どことなく可愛らしささえ感じてしまう。


「美歌さん。今日はよろしくね!」

「あ、うん。……まぁあたしはここでモーションキャプチャー越しなんだけどね」

「大丈夫だよ。そこら辺はユーイチがちゃんと対応してくれる……」


 あたしの出番は、『BLUE WINGS』の後。一曲目が真奈海さんとのデュオで、二曲目があたしのソロだ。どちらも糸佳ちゃんが作曲したもの。二曲目に至っては、作詞も糸佳ちゃんが行っている。確か、管理人さんに捧げる曲だったっけ。それを思うと、別の意味で緊張が走る。

 ちなみに真奈海さんと一緒に歌う一曲目の作詞は、やはりAkkieさんが担当。あたしのイメージよりも、どちらかというと真奈海さんのイメージに合わせられている感じがした。まぁあたし自身、Akkieさんに会ったことないわけだから、それも無理もない話なのかな。


「おい美歌。緊張が顔に出てるけど、本当に大丈夫か?」


 間もなく始まるライブの最終確認のため、一旦舞台袖に管理人さんと糸佳ちゃんも集まってきた。管理人さんはあたしの顔を見るなりそんなこと言うんだ。

 そもそも誰のせいで緊張してると思ってるのよ……。


「だ、大丈夫だよ管理人さん。あたしそもそも顔は出ない予定だし」

「そうは言ってもモーションキャプチャーを付けてる以上、美歌の動きは観客に伝わるからな?」

「それをフォローするのが管理人さんの仕事でしょ? あたしはそれに感謝してるし、その管理人さんの努力に応えてみせるよ」

「でも美歌はダンスレッスンの時間だってそんなになかったわけだし……」

「その点も大丈夫。真奈海さんにいろいろ教えてもらったから」


 管理人さん……どれだけあたしのこと心配してくれてるのよ……。

 なんだかこれ、励ましてくれてるどころか、逆にバカにされてるみたいだ。


「ユーイチ。美歌さんなら大丈夫よ。ユーイチなんかよりずっと努力家さんだし」

「そうは言っても美歌は芸能活動始めて間もないし……」

「それともなに? ユーイチは美歌さんのことが好きで仕方ないから心配してるのかな〜?」

「え? ……おい。どうしてそうなるんだ!?」


 唐突に真奈海さんが変なことを言うから、管理人さんは慌ててあたしの顔を見つめてきた。てかそれ以上にきっと、あたしの顔も間違えなく変なことになってる。


「美歌さん。ユーイチがちゃんとフォローしてくれるから大丈夫だって!」

「え……いや、あの……」


 真奈海さんはあたしににっとした笑みを返してきた。少し複雑な気持ちがあたしを襲ってくる。

 とはいえあたしはVTuberでの出演だから、VTuber担当の管理人におんぶに抱っこなのは間違えない。でも……なんか、真奈海さんの言い方が引っかかるんだよなぁ〜。


「ほらお兄ちゃん! 真奈海ちゃん! 美歌さん!! こんなところでいちゃついてないで、最終打ち合わせをやりますよ!!」


 どこかマジギレっぽく見える糸佳ちゃんがあたしたちを静止してきた。てか糸佳ちゃんも糸佳ちゃんで、別にこれ、『いちゃついて』るわけではないと思うんだけど……。


「糸佳ちゃん……。ふふっ。今日のライブ、頑張ろ〜ね!」

「はいです! 真奈海ちゃん。今日は負けませんからね!!」


 真奈海さんが不気味な笑みを浮かべる。そしてようやく最終確認に入った。

 今日の七夕ライブは前半パートと後半パートの二部構成。あたしたち事務所の高校生組は、前半パートを担当する。その最終確認を前に文香さんは小さく溜息をついたけど、それ以上に呆れた顔を見せていたのは、茜さんだった。


 それにしても糸佳ちゃんは、一体何と戦っているのだろうか?

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