エピローグ 〜記念写真〜
「「「かんぱ〜い!!」」」
シークレットライブが無事終わり、僕らは喫茶店『チロル』で成功を祝した。
既に時間は二十三時を回っていたけど、今日は金曜日ということで、チロルハイムのメンバーだけでなく、真奈海の強引な誘いに協力してくれた千尋と胡桃も残っている。宿だったら駅前のビジネスホテルを予約してあるとのことだが、問題は『宿泊費は事務所の経費で落とす』などと二人が言っていることだ。
「なぁ糸佳? 結局文香さんからまだ何も連絡ないのか?」
「はいです。お兄ちゃんのところにもまだ連絡がないのですか!?」
……おい真奈海。確か今日のシークレットライブの話、真奈海から文香へ連絡するって話をしてたよな? 本当に大丈夫なのか!?? という具合に真奈海の方へ僕の視線を向けた。
「なによユーイチ? その目、わたしに喧嘩売ってるの?」
「今日のライブの話、本当に大丈夫だったんだよな?」
「そんなの大丈夫に決まってるじゃん。全くのモーマンタイだよ〜」
真奈海は余裕綽々の表情を僕に振り撒いてくる。なんだかむしろ嫌な予感がするのは、気のせいというやつだろうか?
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「だってあのチャンネル、わたしのものだし」
「……は?」
「ユーイチと糸佳ちゃんのチャンネル、文香さんからわたしが買い取ったの!」
が、話は僕の想像を遥かに超えた、明後日の方向へ飛んでいった。
さすが日本を代表する大女優様。やることが違う……って、これそういう話か?
「……おい。それは一体どういうことだ!?」
「だからチャンネルのオーナーはわたしってこと! つまりはあれだね、わたしに歯向かったらオーナー権限でユーイチもあのチャンネルから追い出してあげるから!」
「ちょ、ちょっと待て……」
「楽しいなぁ〜、ユーイチの弱みを握れるって。これでユーイチもわたしの思うがままってことだね!」
僕は思わず糸佳と顔を見合わせる。こんなことでいいのかとも思いつつ。
「すごいです真奈海ちゃん! あの母さんから所有権を奪っちゃうなんて!!」
……が、糸佳は糸佳で僕とは違う方向へ感動していた。てかそれってどさくさ紛れに、自分の母親のことをディスっていないか!?
「頼りなさすぎるお兄ちゃんも、真奈海ちゃんの行動力を見習ってほしいです!」
「おい糸佳。こんなのを見習うって言ってもだな……」
「ほうほう。それでもユーイチはわたしに逆らうか。……減点イチね」
「待った。その減点って一体なんのことだ? 点数が減ってくとどうなるんだ!?」
その切実な質問に、真奈海はふーんという感じでしらばっくれた。こうなるともはやお手上げだ。僕は逃げるように真奈海の前から立ち去ることにした。
まぁなにはともかく、今日のシークレットライブの件は、ちゃんと文香にも了承が取れていたということだろう。千尋と胡桃の宿泊費についても特に問題なさそうだ。……多分だけど。
「管理人さん。今日はありがとう」
真奈海から距離を取り、僕が一人テーブルに座ってジュースを飲んでいると、美歌が僕の前に座ってきた。美歌から素直に感謝を言われると、それはやや不気味なものも感じたけど。
「……なによ管理人さん。あたしのことそんな怪しい目つきで睨んできて」
が、それさえも美歌に見抜かれてしまった。どうにも今日は分が悪い。
「それより、いつから戻ってたんだ?」
「ん? ……あ〜、ライブが始まった後。ちょうどあたしがインしたときかな?」
「…………はい?」
そう。美歌の言う通りライブが始まる直前まで、確かに美歌はもう一人の美歌の方だった。一人称『私』、つまりAIの美歌の方だったんだ。それが歌を歌い始めたときには『あたし』の美歌の方にいつの間にかすり替わっていた。でもまさか、そんなタイミングで入れ替わっていたとは。
「てか、美希が心配してたんだぞ? なかなか現れないから」
「そうなんだよねぇ〜。歌詞を書き終わったあと、『終わった〜』ってぐっすり眠ってたら、気づいたら昨日になってて……」
「それってつまり……ただの疲れのせい?」
「そうだと思う。その間AIのあたしが頑張ってくれてたってことじゃないかな〜」
「でも昨日は既に意識だけはあったんだろ?」
「あったにはあったけど、まだ疲れてたからあまり覚えてないんだ、昨日のことも」
「そしたら、代わりを務めてくれてたもう一人の美歌に感謝……ってことなのか?」
「そうなんだけど……なにも本番直前に入れ替わることないと思わない? 少しは心の準備をする時間をくれっつーの!!」
美歌は笑いながらそんな反論をしている。確かにそれまで自分の身体が自分の意図通りに動かすことができず、ようやく動かせるようになった瞬間、そこは世界中へ配信されるライブの真っ只中だとなれば、心臓が飛び出てしまうくらいの驚きがありそうだ。思わず僕も美歌の心中を察し、同情してしまう。
「ほんと、管理人さんは根が優しい人なんだね?」
が、そんな僕の顔を見た美歌は、くすっと笑いながらこんなことを言ってきた。
「なんのことだ?」
「前に美希が言ってたじゃん。管理人さんは優しい人だって」
「僕にはなんのことだか全然わからないんだけどな」
美歌はまだくすくす笑っている。その顔は僕をおちょくっているようだ。
「管理人さん、いつもみんなのこと考えてて、それでいて全然無自覚なんだもん」
「はぁ……」
「真奈海さんもきっと管理人さんのそういうところが好きなんだろうな〜って、あたしも見てて思ったんだ」
「真奈海が?」
突然真奈海の名前が出てきたことに、僕は驚く。急に胸が締め付けられるような気がした。なぜなら、僕は真奈海を――
「うん。だから誰よりも管理人さんのことで、傷ついてて……」
「…………」
その美歌の話の言うことの、半分くらいは理解しているつもりだった。
真奈海の気持ちを僕は受け止めることができず、それを突き放してしまった。別に真奈海のことが嫌いだったわけでないはずなのに……。
いや、むしろ僕は真奈海のことが――
――でも僕は恐らく、自分自身に嘘をついたんだ。
「でもね、あたしはむしろそんな真奈海さんに憧れてるんだ」
「憧れ? それは芸能人としてって意味か?」
「違うよ〜。普通の女子高生の友達として、真奈海さんのことをだよ」
「え……」
美歌はそこまで話すと、僕から逃げるように席を立ち、真奈海と糸佳が座るテーブルの方へと移動していった。印象的だったのはその時の美歌の顔で、小さく微笑みながらもどこか影が残ったままで、触れてはいけない氷のような冷たい棘がそこに映っていたんだ。
「大丈夫だよ。管理人さんがそこまで心配しなくても」
そんな美歌と入れ替わるようにやってきたのは、妹の美希だ。
「心配……って、僕はなにも」
「管理人さんや真奈海さん、そして糸佳さんが近くに入れば、お姉ちゃんだってあたしの知ってるお姉ちゃんに戻れるような、そんな気がしてるから……」
美希の知ってる、美歌か……。
確かに僕は、まだそんな美歌を知らないのかもしれない。
「だから管理人さん。これからもお姉ちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「え?」
美希は僕ににっこりとした顔で、急にそんなことを言ってきた。
「あたし、明日チロルハイムを出ることにしました」
その顔は不思議なほど、すっきりした顔をしている。
「……また急だな?」
「さっきお姉ちゃんにはそのことを話しましたよ?」
「そっか」
「ここならお姉ちゃんも大丈夫かなって、あたしもそう思えるようになったから」
美希はきゅっと目を瞑り、無邪気な笑顔を僕に見せてきた。
「だから管理人さんもお姉ちゃんを悲しませること、絶対しないでくださいね!」
「僕ってそんなに信用されてないんだな」
「信用していない分だけ、信用しているんですよ」
「なんじゃそりゃ……」
その美希の言葉の意味を、僕はどこまで理解できているのだろう。
正直な自分と嘘つきな自分が常に喧嘩して、誰かを傷つけているのかもしれない。
そんな自分が、チロルハイムの管理人なんて……思わず、そう考えてしまう。
すると向こうの方から、真奈海の声が聞こえてきた。
「ユーイチ、美希さ〜ん。みんなで記念撮影するからこっち来て〜!!」
いつでもマイペースで、常に前向きで一生懸命な真奈海。
「お兄ちゃん! 早く来ないと、明日の朝ごはん抜きですよ〜!!」
いつも僕の近くにいて、それでいて最も距離間が掴みにくい糸佳。
「管理人さん。早く来てくださ〜い」
弱い自分に負けないよう、常に自分自身と向き合っている美歌。
――そんな住民に囲まれて、チロルハイムは今日も元気にやるしかないのかなと。
「今行くよ〜!」
だから僕もチロルハイムの管理人として、常に強くありたいと。
そんな風に胸の内で、願っているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます