美歌が書いたメッセージ

 ライブ配信はいよいよ大詰め。『春花はるはなまみ』こと真奈海、そして『未来みく』こと美歌が、最後の曲『君がくれたダイアリー』を歌っている。僕はライブ配信中のその画面を確認した。特に異常なし。糸佳もヘッドホンをつけてミキシングに集中している。音の方は、全て糸佳に任せておけば大丈夫だ。


「みんな、楽しそう……お姉ちゃんも……」


 そんな中、僕の背後で配信画面を確認していた美希が、そう声を漏らした。


「美希も気づいたんだな。お姉ちゃんがいるってことに」


 僕は糸佳の邪魔にならないような程度の声で、美希にそう尋ねた。


「そんなのわかるよ。もう一人のお姉ちゃんはあんな風に笑ったりしないもん」

「もう一人のお姉ちゃんは……か……」


 確かに美歌は楽しそうに歌っている。声色はネットでいつも聴いていた未来の歌声そのものだったが、それよりももう少しだけ感情が豊かで、もう少しだけ生温かくて、ただしその歌声は、時折氷のような冷たさも聴こえてくる。


「やっぱし、あっちの未来とは別人なのかな?」

「うんそうかも。あたしにとってのお姉ちゃんは、今のお姉ちゃんだけだから」


 別人――もう一人の美歌を、どうあっても自分の姉とは認めようとしない美希。自分の行為のせいで生まれてしまったもう一つの人格を、姉と考えるのはやはり難しいのだろうか。


「だったらさ。もう一人の美歌は、嫌いなのか?」

「そういう意味じゃない」

「意味?」

「ううん。好きとか嫌いとかじゃなくて、やっぱり受け入れられないだけ」


 美希は僕の質問をはぐらかせてきた。ただし、美希はその小さな笑みを隠しきれておらず、どうやらそれは確信犯であることを意味しているようだ。


「なぁ〜、美歌ってさ……」

「ん?」


 だから僕は、美希にもう一度それを確認してみることにした。

 美歌が書いた、その歌詞を聴きながら、


「本当に、二人は全くの別人なのかな?」

「え?」


 美歌は自分で書いた歌詞を、もう一人の美歌が書いた曲に合わせて歌っている――



 ありがとうって 君に伝えたい

 たったそれだけが 言葉にならない

 春が届けてくれた 小さなダイアリー

 めくるめくページの上に 君の微笑み感じて

 その先へ書き記したいんだ わたしの未来みらい



 美歌が完成させたこの歌詞を僕が初めて読んだ時、僕は思わずくすっと笑ってしまった。どうしてその時笑ってしまったのか、その理由は今でもよくわかっていないけど、ひとまず美歌から『笑うな〜!』という怒声が飛んできたことだけははっきり覚えている。つい三日前。喫茶店『チロル』での夕食後のことだった。


 でも美希とこうして話していると、何となくその理由がわかってきた気がした。美歌と真奈海のハーモニーがこの歌を届けようとして、その想いが僕にも伝わってきたからかもしれない。


 美希と美歌、そして、美歌と未来――

 その複雑なクロスワードが、ここに込められてるんじゃないかって

 僕にはそう思えたからだ。


「美希の言うように、そんな単純に割り切らなくてもいいのかもな」

「え?」

「そもそも、そう簡単に割り切れるもんじゃないし……」


 僕は、美希に呟くように、そう自分に言い聞かせていた。

 双子の姉妹、同一であって同一ではない自分……それらはどうしたって変えることのできない事実だ。複雑に絡み合っていくことで、互いに何かが変わりつつある。誰かが得たもの、誰かが失ったもの。三人が互いの綱を引き合って、新しい何かを掴み取ろうとしている。


 恐らくそれが、未来みらいだ――


 気がつくと美希が隣で、僕の顔を見ながら小さく笑っていた。僕の顔に何かがついているのだろうか。何かがたまらなくおかしいらしく、くすくすと笑い転げている。


「急にどうしたんだよ?」

「ん。お姉ちゃんのこと」

「美歌がそんな笑い転げるほど、おかしなことでもしたのか?」

「違うよ。管理人さんって、やっぱし優しい人なんだね?」

「って、それがどうして『お姉ちゃんのこと』になるんだ?」

「だって管理人さんが、今のお姉ちゃんを変えてくれそうだから」

「は?」


 美希とこんなやり取りをしている中、美歌と真奈海が歌う最後の曲が終わったようだ。二人は無事歌い終わったことを祝して、ハイタッチをしている。真奈海が思いっきり力強く美歌の両手を叩いたようで、美歌の顔からはやや痛々しい表情が伺える。どんなときでも常に真向きで一生懸命、それが春日瑠海。……じゃなくて、少しは手加減をしろ!


「やったね、未来!」

「まみさん、今日はありがとう!!」


 感謝を伝える未来ではあったが、その顔はまだ痛そうだ。


「わたしの方こそ今日はありがとう! これからもよろしくね!!」

「うんっ!」


 ただ、ここまで楽しそうな美歌の顔を見るのは、滅多にない気がした。一人称『私』の方の笑顔はいつもどことなく冷たさとか寂しさを感じるし、一人称『あたし』の方に至ってはもはや作り笑いばかりじゃないかと思えるほどだ。裏返すとそれが美歌の強みでもあったけど、そんなの本当は強みでも何でもないかもしれないし、何より孤独を隠しているだけではないかって。

 そんな美歌――一人称『あたし』の美歌が、作り笑いではなく、心の底から笑っている。こんな表情もできるんだ……って、それを証明してくれるほどに。


「わたしはね。まだまだ未来は変われるって、本当にそう思ってるから」

「え?」

「だから、これからも頑張ろ! お互いにねっ!!」


 そんな真奈海の声はかき消されるように、チャットには拍手喝采が沸き起こっていた。そこへちろとくみも再登場して、二人の二曲の完走を祝福している。

 四人は互いに手を取り合って、もう一度観客へゆっくりお辞儀をした。


 大団円。

 こうして今日のシークレットライブは、無事に幕を下ろすことができたんだ。

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