ショッピングモールで本性を現す強敵
「ところで今日はなんでショッピングモールなんかに誘ってきたんだ?」
ここは、チロルハイムの最寄り駅から十五分ほど電車に乗り、さらに駅から五分ほど歩いた場所にあるショッピングモール。場所が場所なせいだろうかそれほど混雑はしてはいないけど、広さは圧倒的であるがゆえ、何も考えずに歩いているとすぐにでも迷子になってしまいそうだ。
僕と美希は店内のマップの前で立ち止まり、じっと睨めっこを続けていた。
「そんなの、管理人さんとデートしたかったからに決まってるじゃない」
「あの〜……もうそろそろおちょくってくるのも止めてもらえますか?」
「ふふっ。でも、管理人さんと話したかったのはほんとだよ?」
「どうせお姉様のことをいろいろ聞き出したかっただけだろ」
「ちゃんとわかってるじゃない!」
美希はにっとした笑みを返してくる。いたずら好きなその顔はやはり美歌にそっくりで、さすが双子の妹であることを実感させてくれる。
「とりあえず……歯ブラシとバスタオルと……あ、あと、枕も必要かな!」
「ちょっと待て。どうしてそんなものを買う必要があるんだ!?」
「だって〜、歯ブラシは昨日はお姉ちゃんのを借りちゃってたし、バスタオルだって自分用のが欲しいし、あとは枕! 昨日なかなか寝付けなくてさ……」
「なるほどそれは大変……じゃなくて! お前、いつまでいるつもりだ!?」
「え、しばらく」
「しばらくって……明日は日曜だからいいけど、明後日から学校じゃないのかよ?」
「あ〜、あそこから通うよ。電車で一時間くらいで学校着くしね!」
「…………」
その美希の発想に、僕はついていくのがやっとだった。まぁ確かに文香からは『お互いがすっきりするまで』居てもらっても問題ないとは言われている。家賃がどうとか、そういう話を気にするくらいならあれほど客の来ない喫茶店『チロル』なんて開いてないだろうし、それ以前に文香の性格からして美希がしばらく滞在しようがしまいが全然お構いなしだろう。
とは言っても……であれば、その『お互いがすっきりする』というのは一体いつのことだろう。そもそも美希がすっきりしてチロルハイムを出ていく条件とは……!?
「お兄ちゃん! そんな風に言われっぱなしで、本当にいいんですか!??」
「いや、そうは言ってもだな……って、糸佳!??」
声につられてショッピングモールの案内板から目を離し後ろを振り向くと、なぜかそこには糸佳がいたんだ。すぐ隣には美歌もいる。ぱっと見だけではどっちの美歌なのかはわからないけど。
「イトカはそんなの認めません! 早くすっきりさせて、チロルハイムを出ていってください!」
「それはさすがに言いすぎだろ。……てか、なぜ糸佳がここにいる!?」
「そんなの、お兄ちゃんが心配だからについてきたに決まってるじゃないですか!」
「どこをどう間違うと糸佳から心配される羽目になるんだ??」
「だってだって、お兄ちゃんは先程も美希さんに言いくるめられてましたよね?」
「っ…………」
それにはさすがに返す言葉がなかった。いや、それが本当に当初から糸佳が想定していた心配の種だったのかどうかまでは定かでないけど、少なくとも今の僕は糸佳に見抜かれている……?
「糸佳さん、そんなに管理人さんのことが心配なの?」
と、美希はさっきまで僕に向けていた悪戯な笑みを、今度は糸佳に向けていた。
「心配です! お兄ちゃん頼りないですから!!」
「おい、糸佳……」
「なんでそんなに心配なのかな〜? 優しいお兄さんじゃない?」
「優しいから心配なんです!!」
だがその話は微妙にずれている……と思う。見ると糸佳の顔はわずかながら赤く染まっていて、美希はそれを楽しそうに見ているんだ。なんだかよくわからないけど、実際美希に言いくるめられてるのはどっちなんだ?
すると美希は何を思ったか、次に美歌の方へ声をかけたんだ。
「ねえお姉ちゃん。管理人さんって、そんなに頼りない?」
「いいえ。そんなことないです。管理人さんは頼りがいのある優しい人です」
……それは実に奇妙な光景でもあって……
「お姉ちゃん。管理人さんのこと、大好きだもんね?」
「はい。私は管理人さんのことが、大好きです」
ああ、なるほど。美希はきっと、今の美歌がAIの方であることを何らかの理由で悟ったのだろう。美希が学習させて育ったというAIな美歌は、どう話せばどう返すというパターンが内部処理として決まっているはず。しかもそのパターンを美希は知っているのだ。であれば、まさに操り人形そのもの。そうか、こんな扱い方もあるのか。
恐らくこの光景を一人称『あたし』の美歌が見たら、間違えなく発狂しているだろう。でもたしか一人称『私』がこうして活動している間も『あたし』の方もちゃんと意識はあるんだって、あいつ言ってた気もするのだが。……これは後が怖いね。
「おい美希。そろそろその辺に……」
「ようやくお姉ちゃんの本心も聞けましたし……管理人さん、何かご不満でも?」
「いやその『好き』って明らかに “Love” じゃなくて “Like” の方だよね?」
「『好き』なものは『好き』なんです! ね、お姉ちゃん?」
「はい。私は管理人さんが大好きです」
まるでオウムのように美歌はその言葉を連発している。どんだけ安い言葉なのか。
とはいえ、いくらAIでもその表情は非常に精巧にできている。きらきら光輝く美歌のそんな顔でその言葉を言われてしまったら、僕も思わず胸が吹き飛びそうになる。冷静でいられるのもやっとという具合だ。後で『あたし』の美歌からドロップキックの一つや二つくらい見舞うんじゃないかって、それを考えることで僕の頭は辛うじて現実にいられるわけだが。
「わかりました! わかりましたですよ!? 美希さん、美歌さん!!」
このタイミングで割り込んできたのは糸佳だ。
……あ、こっちは冷静じゃない。完全に壊れてる……?
「糸佳は糸佳で何がわかったんだよ?」
「美希さん。チロルハイムにしばらく住むことを許します!」
「いやだからそれはとっくに文香さんが……」
「だから美希さん。イトカとしっかり勝負してください!!」
「……って、人の話を聞け! つーか、勝負って何のことだよ!??」
が、美希はその言葉を待っていたかのように……
「望むところよ!」
チロルハイムの住人三人を完全に手玉に取った美希は、きゅんとなるような笑顔を糸佳にぶつけて、はっきりそう答えたんだ。
季節はまだ五月。外は時折冷たい風が吹く時もあるのだけど――
ショッピングモールは妙な暑さを感じるくらい……冷房効いているのかな、ここ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます