もうひとりの美歌の正体

校門で待ち伏せる女子高生の笑み

「優一くん。校門の前で霧ヶ峰さんが待ってたよ?」

「あ、ありがとう……」


 それは、五月も間もなく半分が終わろうとしている金曜日の放課後のこと。

 僕が昇降口で靴に履き替え帰ろうとしていると、ちょうどすれ違ったクラスメイトの女子、館山美都子に突然声をかけられた。館山は糸佳の特に仲の良い友人でもあり、そんな理由もあってか、僕のことを『優一くん』などと呼んでくる。もっとも糸佳の学校での社交性の高さはチロルハイムの住民の中でも随一で、その結果、およそクラスメイトの女子の大半は僕のことを下の名前で呼ぶわけだけど……

 それはそれでなんというか……時折、クラスメイトの男子の視線が痛い。


 ……いや、そういう話は今はどうでもよくて。


「館山〜? ところでその女子っていうのは、本当に霧ヶ峰だったのか?」

「うんそうだったよ? 霧ヶ峰さんが待ってる人って、およそ優一くんだよね?」

「どうしたらそうなるんだ!?」

「だって霧ヶ峰さん、いつも優一くんにベッタリだし」

「……まぁそれはひとまず聞かなかったことにしておくけど……もしそれが本当に霧ヶ峰だったとしたら、ここにいるこの女子は誰になると思う?」

「あ、あれ!? 霧ヶ峰さん!??」


 そう。美歌なら校門の前ではなく、今僕の目の前にいる。

 それが館山の言う『いつも僕にべったり』という表現が正しいのかはわからないが、少なくとも今日の話に限って言うと、クラスのホームルームで解散となった後、一人称『私』の美歌だったひとりふらふらしてたので、僕が声をかけて『保護をした』という表現が正しいだろう。『あたし』の時であればほっといてもチロルハイムに帰ってくるけど、『私』の美歌はどこで道草して帰ってくるかわかったものじゃない。興味本位でふらふらと街中を歩き回り、ようやくチロルハイムに帰ってきた頃には既に真っ暗だったこともあるくらいだ。いや、部活とかしてれば話は別だけど、美歌に限らずチロルハイムの住民は全員帰宅部なのだから。


 はて。だとすると、校門の前にいるというのは……また嫌な予感がする。


「私の見間違えだったのかな〜? 霧ヶ峰さんそっくりだったけど」

「まぁドッペルゲンガーでもいたんだろ。ところで館山は忘れ物?」

「あ、うん。ノートを教室に忘れてきちゃって。明日、小テストでしょ?」

「……ぅ」


 そう言うと館山はそそくさと教室の方へと戻っていった。

 僕はその様子を見届けると、少しだけ躊躇する。恐らく校門の前で待っているのは、美歌の妹だろう。事情を知らなければ双子の姉妹を見分けられなくても仕方のないことだ。

 ただ、だとすると……その妹は、美歌を待っている? まぁここで悩んでても仕方ないので、ひとまず妹のいる校門前に行ってみるとするか。


 ちなみに一人称『私』の美歌は、何も聞いていなかったかのような態度で、僕の様子をぽかんと眺めていた。一見すると天然系美少女のその円な瞳で見つめられているのだから、これだけでどきっとしてしまう男子も当然一人や二人くらいはいるのだろう。だが残念なことに僕はそういう気配を感じ取ることができず、それはそれでなんだか損をしているような気分になる。

 それだけこの『私』の美歌はその行動に危険な香りを漂わせてるわけなんだけど。


 というか美歌のやつ、なんで糸佳じゃなくて僕について歩いてくるんだろう?

 この様子、僕は管理人ではなくて、美歌の保護者かなにかじゃないだろうか?


 館山の言う通り、校門の前に美歌の妹がいた。

 改めて見ると本当に美歌とそっくりで、その違いはぱっと見だと髪型くらいだろうか。美歌がロングでさらさらな髪を靡かせているのに対して、妹はばっさりとしたショートヘア。それさえなければ本当に見分けがつきそうもない。

 僕はそのまま校門を通り過ぎようとしたが、当然それは許してもらえなかった。


「お姉ちゃん!!」


 美歌の妹がそう声をかけると、美歌はぴくっと反応しその場で立ち止まった。その反応は『妹に呼びかけられた』からというよりは、『自分が姉なのだから反応しなければ』というような態度で……いや、自分でも何言ってるのかよくわからないけど、別々に暮らす妹に呼びかけられたような反応にはとても見えなかったんだ。

 そういえば真奈海が『機械が動いているような美歌さん』と言ってたことがあったけど、まさにそれに近いのか――


「……ちょっと、先に帰っててもらえますか?」

「え……?」


 この妹、一体何を言っているのだろう。

 ふと疑問を感じた理由は、その言葉は僕ではなく、美歌に向けられていたから。

 つまり美歌の妹が用事があったのは、美歌ではなく――


「今日はその人に用事があります! だからお姉ちゃんは先に帰っててください!」


 美歌の妹はそう言った後、僕の顔を見るなりくすっと笑みを浮かべた。


「え〜っと……僕に用事? 妹さんが……姉にではなく……?」

「妹じゃなくて、あたしは美希です。今日はあたしと付き合ってもらえますか?」


 まるでその笑みは何かを企んでいるかのようで……非常に怖い。

 真奈海の怒った顔の時くらいに――あ、あいつも怒ると結構不気味で怖いからな。

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